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「藤井聡太竜王はミスらしいミスが一手もない」A級棋士・中村太地34歳が驚いた名人戦、叡王戦先勝の妙手「序盤でもなるほど、と」
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph byKyodo News
posted2023/04/27 11:02
第81期名人戦に臨んでいる藤井聡太竜王と渡辺明名人
前日記者会見の際、菅井八段が記者の方に〈振り飛車党としての意気込み〉について聞かれたそうですが……「現状で、振り飛車で自分が藤井さんに負けると、自分以外の振り飛車党では絶対勝てませんから。最高の振り飛車対最高の居飛車(藤井竜王)の戦いだと思っています」とコメントされていましたが――これほどキャッチーな表現はなかなか将棋界で出ないものです。野球の大谷翔平選手やサッカーの堂安律選手をはじめとした発信力あるアスリートがスポーツ各競技にいますが、そういった人たちのインタビューを見ているかのような感覚で面白かったですね。
「振り飛車」と一言で表現されますが、菅井八段はその中でも様々な形を持っています。
前期のA級順位戦では藤井竜王と対局し、中飛車(中央の5筋に飛車が位置する形)を採用して勝利しています。それだけに開幕局はどのような形になるのかなと注目する中で、後手番の菅井八段が選択したのは三間飛車(3筋に振る形)で、こちらも名人戦第1局と同じく、手探りの将棋になりました。
第1局でなるほどと感じた、序盤の“ある手”
藤井竜王の視点に立つと、近年は振り飛車党と対戦する機会が少なくなっています。現在の将棋界はトップ棋士を見ると居飛車党が圧倒的に多く、振り飛車の対策はどうなのか? という点に注目をしていました。しかし蓋をあけてみると全くスキがないというどころか、対振り飛車についてもすごく細かなところを突き詰めている印象で、序盤の組み立てから終盤まで完璧な指し回しでした。
1つ、なるほどと感じたところを挙げると……序盤の13手目の時点で「9筋の歩を伸ばしていた」点を挙げたいと思います。駒組みの段階で、歩が中央の五段目まで前進することを「位(くらい)を取る」と表現しますが、お互いが似た陣形で戦う中で、9筋の歩を伸ばしたことによって、藤井竜王は玉の懐が非常に広がりました。
将棋は終盤戦になるとお互いが相手玉を追い詰めにいきます。その際に「家が広い」状態にしておけば、玉が動き回れるスペースが広がる。逆に言えば相手のスペースは狭くなり、逃げ道がないとも表現できます。菅井八段から見ると、位を取らせて逆用する作戦だった側面はありますが――そういった狙いを藤井竜王は許さず、最終的にその一手の違いによって快勝したと感じます。