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「藤井聡太竜王はミスらしいミスが一手もない」A級棋士・中村太地34歳が驚いた名人戦、叡王戦先勝の妙手「序盤でもなるほど、と」
posted2023/04/27 11:02
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph by
Kyodo News
2023年度が始まり、名人戦と叡王戦という2つのタイトル戦が開幕しました。渡辺明名人に挑戦し、菅井竜也八段相手に叡王防衛を目指す藤井聡太竜王が、それぞれ第1局を先勝しました(4月23日に行われた叡王戦第2局は菅井八段が勝利し、1勝1敗のタイに戻した)。まずはそれぞれの第1局を見て感じたことを話していければと思います。
お互いが事前研究をしようがない展開でもほぼ互角
名人戦では渡辺名人が「雁木(がんぎ)」という形に組んできました。練りに練ってきた作戦だなという印象で、自分の土俵で戦いたいという意思表示を渡辺名人がしました。藤井竜王から見るとこの戦型に対して、経験値があまり多いわけではない将棋へと向かっているという思いはあったのではないでしょうか。
本局は定跡が整備されていない力将棋になっていって、駒がぶつかり合った後もAIが示す評価値が〈50%-50%〉で推移し続けていきました。すごく難しい将棋の中で終盤になってから一気に藤井竜王が抜け出して勝ち切ったという印象でしたね。
対局後にはおふたりとも「自信がない」「苦しい局面が続いた」とお話しされていたそうですね。たしかに棋譜を振り返ってみても、構想力が問われ続ける感覚があり、最近では珍しいほどの――本当の力将棋だったと思います。近年ではAIによる研究が進んでいますが、本局については〈お互いが事前研究をしようがない〉未知の戦いに足を踏み入れていました。そういった対局で、終盤までほぼ互角を保つ辺りに、トップ中のトップ棋士である2人の地力を見ました。
研究将棋と力将棋、2つを見分ける方法って?
将棋ファン初心者の方は〈研究将棋と力将棋について、わかりやすく見分ける方法はありますか?〉と感じることがあるかもしれませんね。2つの将棋の展開について最も分かりやすい違いは「持ち時間の使い方」を見てもらえれば良いかと思います。
研究将棋と呼ばれるものはある程度、棋士が作戦を用意してきているため、ほぼ持ち時間を使わないで進んでいきます。対局している双方の棋士が“深く研究済み”の場合は一層スピードが早まることになり、駒がぶつかる局面、もっと言えば終盤の入り口くらいまで大きな長考が起きないようなケースがあります。例えば近年よく指される角換わり(お互いの角を交換して進む戦型)は定跡系の将棋になりやすく、50手目付近までお互いに10分を超えるような長考がない展開も珍しくありません。