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「羽生善治九段に敗れた瞬間、絶望感だけでした」しかし深夜の電話に“苦節16年”が…中村太地・新八段が明かす“A級昇級のリアル” 

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中村太地

中村太地Taichi Nakamura

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photograph byNanae Suzuki

posted2023/03/19 06:00

「羽生善治九段に敗れた瞬間、絶望感だけでした」しかし深夜の電話に“苦節16年”が…中村太地・新八段が明かす“A級昇級のリアル”<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

将棋界の最高峰であるA級昇級を決めた中村太地・新八段。どのような心持ちで今期順位戦を戦ってきたのか(2022年撮影)

 そして最後に控える2つの対局相手は、屋敷伸之九段と羽生九段というタイトル経験を持ち、抜群の経験値を持つ方々でした。B1は人数が少ない中で「昇級2人、降級3人」というレギュレーションがあります。最終局前後まで誰もが昇・降級に関わる熾烈なリーグ戦の中で、熟練のおふたりと戦う難しさを感じました。その中で屋敷戦は、序盤から屋敷九段から相当な準備を感じた難解な将棋だったんですが、何とか勝利を手繰り寄せた感覚でした。

 澤田戦に負けてから自分の中で考えたのは「気負いすぎるのは良くない」ということです。その気持ちの持ちようが屋敷戦では上手くいったかなと。ただ……最後の羽生戦では「勝てば自力で昇級を決められる。絶対に勝とう」と臨んだ結果、見事なまでに羽生九段に打ち負かされるという(苦笑)。気持ちのバランスと言いましょうか、テンションが“かかりすぎない”ようにすること。これは今期順位戦を戦っての最大の学びだったと感じています。

完璧に仕上がった羽生九段と“米長哲学”

 先に結果を話してしまいましたが、最終局、やはり羽生九段は強かったです。王将戦で藤井王将と大激闘を繰り広げている真っただ中で……全てが仕上がっている、まさにキレキレの将棋でした。一手一手に迫力を感じましたし、終盤戦はこちらに逆転勝ちを全く許さない、水滴1つこぼさないような鉄壁、鉄板の指し回しに恐ろしさすら感じました。

 私の師匠である米長邦雄永世棋聖が口にしていた「米長哲学」を見せていただいたのかもしれません。「昇級・降級がかかっていなくても、相手の大事な一局であれば全力を尽くす」というものですが、その土台には「相手、さらに将棋に対する敬意」がありますし、こういった対局をおろそかにすると後々自分に跳ね返ってくる。長年の間トップで活躍されている羽生九段は、1局1局が本当に大きな意味を持つ事を知っている。本気で私を倒しに来られたんだなと痛感しました。

絶望感の中で救いだった感想戦、帰宅後鳴った電話

 羽生九段に敗れた直後は……絶望感。ただただその感情しかありませんでした。将棋としても完敗で実力不足を突き付けられましたからね。ただ感想戦が始まってからは少し気持ちが救われたんです。

【次ページ】 次期A級では渡辺名人もしくは藤井竜王らと戦うわけですが

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