- #1
- #2
進取の将棋BACK NUMBER
「羽生善治九段に敗れた瞬間、絶望感だけでした」しかし深夜の電話に“苦節16年”が…中村太地・新八段が明かす“A級昇級のリアル”
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph byNanae Suzuki
posted2023/03/19 06:00
将棋界の最高峰であるA級昇級を決めた中村太地・新八段。どのような心持ちで今期順位戦を戦ってきたのか(2022年撮影)
そこで羽生九段の読み筋を知り、「ここまで読んでいるのか」「この局面ではこういった手があったのか」と感じられた。さらに自分自身についても「個々の読みは正しくて、ここを今後はしっかりとしなければいけない部分だな」と純粋に盤面上での難しい局面を学び、いつもと同じように発見をできる時間を楽しめたんです。だからこの感想戦の時間が終わってほしくない、という。
とはいえ羽生九段は翌日に王将戦の前日検分があるなど移動を控えていましたし、私のことを気遣ってくれたのか、ある程度の時間で終了しました。そこからはまた絶望の時間帯です(笑)。対局後、とにかく家にすぐ帰りたかったですし、携帯電話も全く見ず、情報は遮断していました。他の対局結果に思いを馳せるのも何か違うのでは……という気持ちもありましたので。
その時点でLINEには「おつかれさまでした」と数多くの連絡が入っていたのは把握していました。申し訳なかったのですが、その時点で返信する気になれず。ある記者さんが「もし何かあればお電話差し上げてもいいでしょうか」とおっしゃって下さった――明言はしなかったですが、それが深夜になるかもしれず、さらに昇級した場合という意味での配慮を感じました――以外はただ時間が過ぎるだけでした。
次期A級では渡辺名人もしくは藤井竜王らと戦うわけですが
ADVERTISEMENT
昇級の事実について知ったのは帰宅してスーツを脱いで、作業をしていたときでしょうか。電話が鳴ってお伝えいただいて……。その時の心境はただ「安堵」の一言で、喜びをかみしめました。
一番苦しかった期間を思い出すと、やはり最後の数カ月でしょうか。「A級に何が何でも上がりたい」という思いと裏腹に、自分に足りないところを突き付けられる日々は本当に苦しいものでした。ただYouTubeやSNSなどで励ましを受けるなど、期待を背負って戦える喜びについても感じられました。例えば日本列島を沸かせるWBCの侍ジャパンの方々はさらに大きな重圧がかかっているのでしょうが――そうやって勝負に臨めることの価値を、一棋士として改めてかみしめています。
私自身、A級に昇級するまで16年の年月を費やしました。順位戦の大変さを身に染みて感じるとともに、1つ1つ時間をかけながら上がっていくのは自分らしかったかなと思います。来期A級では、名人戦を戦われる渡辺名人もしくは藤井竜王とは確実に戦うことになりますし、そのほかにもトップ棋士の方々ばかりが名を連ねている……現在は少し休んでいる状態ですが、対局を想像すると背筋が凍ります(笑)。とはいえ彼らと戦うことで素晴らしい棋譜を残し、そして勝ちを積み重ねることこそがプロ棋士としての使命と思うので、ぜひ引き続き応援をいただければ幸いです。
その渡辺名人や藤井竜王、そして順位戦で戦った羽生九段が各タイトル戦で見せた激闘も素晴らしかったですよね。お三方の将棋を中心に、もう少し話を続けられればと思います。
<#2「藤井・羽生・渡辺将棋の凄み」編につづく>
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。