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「ちがうぅぅ! もっと右ぃぃ!」サハラ砂漠で私が走った“世にも奇妙なマラソン大会”…絶望の30キロ付近「いつまで走っても次の給水所が見えない」
text by
高野秀行Hideyuki Takano
photograph bySaharaMarathon
posted2023/02/18 11:01
「サハラ・マラソン」の実際の様子
さすが砂漠の民!
前後のメンバーはほぼ固定されてきた。私のすぐそばにいるのはスウェーデン南部出身の男、毛むくじゃらのスペイン人、そして褐色の肌をした西サハラ人の若者の二人組。その前と後ろにもいつも同じランナーが見えるが、民族や国籍まではよくわからない。
誰もが痙攣に苦しんでいるので走ったり歩いたりを繰り返すが、外国人ランナーと西サハラ人ランナーでは様子がまるでちがうのが面白い。外国人は私もそうだが、歩いてしまうと「ああ、ダメだ……」という苦しげな表情が表に出てしまう。腰に手を当ててうつむいたり、逆に顎があがり口を開けて酸欠の金魚みたいになる。
ところがサハラ人は逆だ。走っているときは見るからに苦しそうなのに、耐え切れずに歩き出すと、すっと背筋を伸ばして、何事もなかったかのようにすたすた歩く。どうやら歩きに転じると、いつもの生活に気持ちも体も戻るらしい。
さすが砂漠の民! と感心してしまう。まるで近所の親戚を訪ねていくような自然体である。絵になっている。ところが走り出すとそのフォームは乱れまくっている。砂漠の民にマラソンをやらせるのが間違っているのかもしれない。
間違っているといえば、足が攣っても走っているのが間違っている。攣ったらふつう走るのをやめる。両足がぜんぶ攣っても走れるというのは発見だ。
やっとのことで三十五キロの給水所にたどりついた。給水所ではいつも若い女の子たちが「頑張れ!」とか「大丈夫?」と声をかけてくれ、それが何よりも元気の源になっていたのだが、この辺になると、給水所の女の子たちはぐったりと椅子にもたれかかっている。思わず、私のほうが「大丈夫?」と訊いてしまった。
三人の女の子は喋るのも億劫らしく、黙ってうなずいた。
無理もない。もうレースがはじまって四時間以上が経過しているのだ。こんな砂漠の真ん中に座っているだけで疲れるだろう。暑さは一段落していたが、風が強くなっている。こっちは好きで走っているからまだいいが、彼女たちは純粋なボランティアで気の毒だ。と、ここまで考えて「あれ?」と思った。
ずっと私たちがボランティアで、頑張っている西サハラの人たちを応援しているつもりだったが、このマラソンではくるんと引っくり返っている。私たち外国人がへろへろになり、西サハラ人が支援ボランティアに回っているのだ。
西サハラ人を支援するためのマラソン大会は、西サハラ人のボランティアに支援されて開催されている──。
世にも奇妙なマラソン大会である。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。