- #1
- #2
Number ExBACK NUMBER
「砂嵐が来襲したら中止」「アジアから参加は私一人」初心者ランナーが酔った勢いで応募→“サハラ砂漠のマラソン大会”に挑んだ話
posted2023/02/18 11:00
text by
高野秀行Hideyuki Takano
photograph by
Getty Images
これまで25以上の言語を学んだ経験を回顧した『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル/2022年9月)が各所で話題を呼んでいる。同作の著者でノンフィクション作家の高野秀行さんのポリシーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」。そんな高野さんのエッセンスが詰まった作品『世にも奇妙なマラソン大会』(集英社文庫/2014年4月)から、表題作の一部を抜粋して紹介する。
ある日、インターネットで見つけた「サハラ砂漠のマラソン大会」に、深夜の酔ったテンションで申し込んだ著者。“15キロ以上走ったことがない”初心者ランナーの闘いが始まった――(全2回の1回目/#2へ)
ある日、インターネットで見つけた「サハラ砂漠のマラソン大会」に、深夜の酔ったテンションで申し込んだ著者。“15キロ以上走ったことがない”初心者ランナーの闘いが始まった――(全2回の1回目/#2へ)
夕方、役所の近くで記者会見が行われた。
私たちもまた歩いて出かけた。ぞくぞくとランナーたちが集結している。私たち(正確には私だけ)のようなアジア人は珍しいのだろう、昨日からいろんな人が話しかけてくる。
「マラソンは初めて」に現地の反応
昨日はスペインのバスク地方のテレビ局のスタッフが挨拶してきたし、このときはスペイン人のグループとドイツ人の男性が声をかけてきた。
挨拶して、日本から来たと言うと、お決まりのように、「何に出るのか」という質問になる。それで「フルマラソンだ」と答える。
もし相手が同じフルマラソンだと「おお、僕もだよ」「私も」と猛者同士のように握手を求めてくるし、相手がハーフ出場の場合は「いや、すごいな。僕はとてもフルは無理だ。頑張ってね」とまるで私が世界の猛者の一人のような敬意の眼差しで見つめたりする。
いずれにしても勘違いなので、必ず「僕はマラソンは初めて。ハーフすら走ったことはない」と付け加えると、とたんに相手の表情は変わる。
「すごい勇気だ」とびっくりする人はまだマシで、「クレイジー!」と呆れ果てる人や、「ほんと? 信じられない」とつぶやいて去っていく人すらいる。記者会見場の近くで会ったスペイン人の三人組は私の言葉に沈黙して、にこりともしなかった。なんと反応したらいいかわからないらしかった。
どうも私は世界的にも非常識らしい。それに気づくと、にわかに緊張してきた。昨日の疲労困憊と熱中症を思い出し、「やっぱり間違いだった」という後悔が頭をもたげる。