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「ちがうぅぅ! もっと右ぃぃ!」サハラ砂漠で私が走った“世にも奇妙なマラソン大会”…絶望の30キロ付近「いつまで走っても次の給水所が見えない」

posted2023/02/18 11:01

 
「ちがうぅぅ! もっと右ぃぃ!」サハラ砂漠で私が走った“世にも奇妙なマラソン大会”…絶望の30キロ付近「いつまで走っても次の給水所が見えない」<Number Web> photograph by SaharaMarathon

「サハラ・マラソン」の実際の様子

text by

高野秀行

高野秀行Hideyuki Takano

PROFILE

photograph by

SaharaMarathon

 これまで25以上の言語を学んだ経験を回顧した『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル/2022年9月)が各所で話題を呼んでいる。同作の著者でノンフィクション作家の高野秀行さんのポリシーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」。そんな高野さんのエッセンスが詰まった作品『世にも奇妙なマラソン大会』(集英社文庫/2014年4月)から、表題作の一部を抜粋して紹介する。 

 ある日、インターネットで見つけた「サハラ砂漠のマラソン大会」に、深夜の酔ったテンションで申し込んだ著者。15キロ以上走ったことがない初心者ランナーの闘いが始まった――(全2回の2回目/#1へ)

 砂漠は広い。前も後ろも右も左も砂漠。シルヴィア(編注:同宿のスペイン人女性ランナー)でなくても方向感覚は失われていく。白く塗った角材の棒が二キロおきに立てられコースの目印となっているが、ランナーの目にはよく見えない。車の轍につられて、どんどんそれていくこともある。

 前の人──といっても一キロも先だったりするが──を見てついていくしかないが、それも間違いだったりする。後ろの人──といっても一キロも離れていたりする──が「ちがうぅぅ! もっと右ぃぃ!」と叫んで教えてくれ、私が右に半円を描くように修正し、さらに前の人たちも次々に半円を描いて修正していったこともあった。上空から見ていれば、北朝鮮のマスゲームかブルーインパルスの編隊飛行のようで面白いかもしれない。

“走ったり止まったり”の姿…なぜ?

 二十五キロ地点付近にさしかかると、走ったり止まったりという謎の走りを繰り返している人が目につきだした。最初は何だろうと思った。バテてきたならスピードを落とすだけだと思うが、しばらく止まったり歩いたりして、私がいったん追い抜く。しばらくすると、彼らは急に走り出し、けっこうなスピードで後ろから私を抜き去ってかなり先へ行ってしまう。で、また歩いてしまう。どうして、そんな不規則な走りを展開するのか。

 しかし他人のことはどうでもいい。

 私の足が攣りはじめたからだ。

 ランニングで足が攣るというと、まずふくらはぎか太腿の裏側(ハムストリングス)だと思われるだろうが、私の場合はなんと足首とそこに隣接する足の甲だった。こんなところが攣るなんて夢にも思わない箇所だ。

 もちろん砂のせいである。砂を強く蹴ろうとしたり、砂に靴が埋もれたとき踏ん張ったりすると、その不慣れな力が空回りし、疲労と重なって痙攣を起こしているのだ。

【次ページ】 いつの間にか、私も謎の走りを

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高野秀行
語学の天才まで1億光年
世にも奇妙なマラソン大会

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