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「ちがうぅぅ! もっと右ぃぃ!」サハラ砂漠で私が走った“世にも奇妙なマラソン大会”…絶望の30キロ付近「いつまで走っても次の給水所が見えない」
text by
高野秀行Hideyuki Takano
photograph bySaharaMarathon
posted2023/02/18 11:01
「サハラ・マラソン」の実際の様子
いつの間にか、私も謎の走りを
やがて、腿の内側が攣りはじめた。そしてふくらはぎ……と痙攣は足の筋肉のあちこちにがん細胞のように転移し、しまいには足のどこが攣っているのかよくわからないくらいになった。両足の上から下まで全部が痙攣しているようだ。
それでも必死に我慢して走りつづけていたが、二十五キロと三十キロの間で、あまりの痛みにとうとう歩いてしまった。
ふつうなら足が攣ればその場で走るのをやめる。水泳だって泳ぐのをやめる。だが、ここまで走った以上、諦めるのはもったいなさすぎる。なんとかごまかして歩いていると、不思議に少し痛みが減じてくる。
よし! と思って、再び走り出す。まだスタミナは残っているから、けっこうふつうに走れる。そして、前の人を一人か二人追い抜くとまた痙攣がひどくなって、止まる。また抜かれていく。
いつの間にか、私も謎の走りをしていた。
あ、これか。
そう、謎の走りをしている人というのは「足が攣っている人」なのだ。私は足を止め、両膝に手を当てた。顔が苦痛にゆがむ。
「どうしたんだ? 大丈夫か?」後ろから来た人が英語で訊いてくる。
「ただのクランプ(攣ること)だ。砂のせいだよ」と答えると、「俺もそうだ」と言うなり、うっと呻いて私の横でしゃがみこんだ。
「どこから来たんだ?」私は訊いた。
「スウェーデンだ」
「へえ。スウェーデンに僕の親しい友だちがいるよ。どこだっけな、南部の町だったが」
「俺も南部の出身だ。メルモって町だよ」
「あ、そうそう、メルモだ。彼女はメルモ出身のダンナと結婚してるんだ」
「へえ、それはいいな。彼女は何か仕事をしてるのかい?」
「大学で日本語を教えているよ」
「へえ、そいつはクールだな」
砂漠の真ん中で談笑するが、二人とも足がビクビク痙攣しており、クールから程遠い。