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「砂嵐が来襲したら中止」「アジアから参加は私一人」初心者ランナーが酔った勢いで応募→“サハラ砂漠のマラソン大会”に挑んだ話 

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高野秀行

高野秀行Hideyuki Takano

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photograph byGetty Images

posted2023/02/18 11:00

「砂嵐が来襲したら中止」「アジアから参加は私一人」初心者ランナーが酔った勢いで応募→“サハラ砂漠のマラソン大会”に挑んだ話<Number Web> photograph by Getty Images

アルジェリアの砂漠にある西サハラ難民キャンプ。「サハラ・マラソン」は2001年に初めて開催された

 非先進国の人たちは、つい最近まで、あるいは現在も肉体労働に励んでいる。カネにもならないことで、わざわざカロリーを消費しようなんて思わないのだ。サッカーやバスケット、野球のように娯楽性のあるものならまだしも、ただ走りつづけるマラソンなんて論外だ。

 いったん自然や肉体と縁を切った人たちが、再びそれを求めて行うものがマラソンであると私は解釈している。

 だからてっきり、参加者は外国人だけと思い込んでいた。なのに、サハラ人も出場するという。ハーフも合わせると、百人近くが走るらしい。

 おそらくは毎年、外国人が大挙してやってきて走っているのを見て、こちらの少年少女、若者もやる気になったのだろう。このイベントが地元に根付いている証拠である。

出場者たちの悩み「ドリンクはどうするのか」

 記者会見につづき、六時から別の場所で、レースの説明会と食事会が行われた。

 ここでもランナー同士の交流は活発だ。がっしりしたバスクの若者は「舗装道路しか走ったことがないから心配だ」と言い、スペイン北部出身のエンジニアという男性は「うちの地域は冬は毎日雨ばかりで寒い。練習もあまりできなかった。こっちの暑さが心配だ」と話していた。「ランナーズ」という雑誌のスペイン人記者はロシア支局勤務だと言い、「僕もマラソンに出たかったけど、ロシアでは冬は雪で練習ができない。迷ったけど、やっぱり心配なので出場はやめた。取材に専念する」と言った。

 世界中からの猛者も基本的に誰もが「心配」なのはホッとさせられる。雪や氷雨の中を走っていて、いきなりこちらの猛暑に適応しなければいけないという私の悩みも、(南半球であるオーストラリア在住者以外は)全員共通だということもわかった。

 もっとも猛者たちは他にも共通の悩みをもっていた。「ドリンクはどうするのか」という話題があちこちで持ち上がっていた。よく、テレビのマラソン中継では、給水所の様子が映される。そこでは各選手が自分のドリンクをあらかじめ用意して、給水所で受け取って飲んでいる。だが、一般のマラソンではどうなのだろう。彼らは「このマラソンではどうもオリジナルドリンクの持ち込みは禁止らしい」「え、マジかよ?」みたいな会話を交わしている。

 ドリンクのことなんか考えたこともなかった。私にしたら、もしオリジナルドリンクを用意すべきだということなら、そっちのほうが「マジかよ?」だ。まったく心配の種は尽きない。

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