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「野村克也自身がささやきの被害者だった」江本孟紀75歳が力説する“逆説のノムラ論”「大記録の陰に“逆説的野村再生工場あり”」
text by
江本孟紀Takenori Emoto
photograph byTakuya Sugiyama
posted2023/02/11 11:00
時に冗談を、時に野球談義を交わしてきた野村克也と江本孟紀。エモやんが明かす「本当の野村克也」とは――
ひとつは「ヘッドが下がってる」というように直接話しかける方法。ささやきというとこれを連想する人が多いが、野球規則で、グラウンド上で相手と親密な態度を取ってはいけないとされていることもあって、実はこれはあまり使わなかった。
もうひとつは間接的にバッターに揺さぶりをかける方法。「今日はまっすぐはだめだなあ」のようなひとりごとや「タイミングが合ってるぞ!」とピッチャーに声をかけながら、同じ球を投げさせるやり方。直接、間接、どちらの方法もバッターの集中力と積極性を削ぐことを目的としていることに変わりはない。
すでにりっぱな心理学者です
野村監督は、キャッチャーのおもしろさがわかるまでに、10年の時間が必要だったと言っている。そして野球は身体と心でやるものだという確信を持ち、心理学を学ぶために、新聞記者を介して心理学の大学教授を訪ねる。
敵の心理を読むため、または乱すために自分が試合中にやっていることを教授に伝えると、「そういう経験を積まれたあなたは、すでにりっぱな心理学者です」と言われたという。
「人間社会において、天才型と呼ばれる人物はほんの一握りにすぎず、大半は努力型が占める」とは、野村監督の言葉である。
勉強のためとはいえ、わざわざ大学の教授に会うなどということは、できそうでなかなかできるものではない。まさに努力型の野村監督を象徴するような話である。野村監督のささやき戦術はこうした努力によって生まれたのだ。
大打者によって改造した“精密機械”
僕は、阪神とロッテ、そして大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)で投げた小山正明さんのことも尊敬していて、ピッチングフォームなどをずいぶん参考にさせてもらったものだ。
小山さんは歴代3位の通算320勝を記録した大投手。バランスが取れたピッチングフォームは、無駄な力が一切なく理想的なものだった。
入団テストで大阪(現・阪神)タイガースに入った小山さんは、バッティングピッチャーを経験する。先輩が希望するコースに投げられないと用なしの烙印を押されてしまうため、クビにならないように必死だったという。その結果“投げる精密機械”と呼ばれるほどのコントロールを身につけて、驚異の320勝を挙げた。
テスト入団の叩き上げで、そこから這い上がり球史に残る記録を打ち立てたという点で、小山さんと野村監督はとても似ている。