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「野村克也自身がささやきの被害者だった」江本孟紀75歳が力説する“逆説のノムラ論”「大記録の陰に“逆説的野村再生工場あり”」
text by
江本孟紀Takenori Emoto
photograph byTakuya Sugiyama
posted2023/02/11 11:00
時に冗談を、時に野球談義を交わしてきた野村克也と江本孟紀。エモやんが明かす「本当の野村克也」とは――
例えば、開幕からパカパカ打つ新人がいるとする。2カ月ぐらい泳がせておいて、ある日なにげなく「おまえ、いいときと比べると最近ヘッドの位置がちょっと下がってるなあ」とささやく。罠だとわかっていても、あの三冠王の野村監督に言われたということで、どうしてもヘッドの位置を気にしてしまって、あげくの果てにフォームを崩す。そんなことがしよっちゅうあった。
ヘッドは全然下がっていない。でも“あの野村”から言われたということで気になってしまう。そういう心理を突いたものだ。加えて、苦手意識を植えつける効果もある。鉄は熱いうちに打てではないが、早いうちに苦手意識を持たせると、その後ずっと優位に戦うことができるのだ。
野村監督は山下さんをはじめ新人の頃に相手チームの諸先輩の言動から、こういう心理戦を学習したのだ。
今日はコントロールが悪いからまっすぐだな
野村監督は身体能力の高さでプロになったわけではないので、それを補うために自分の武器になるものはないかといつもアンテナを張っていた。そういう努力は人一倍した人だ。
キャッチャーとはなんぞや。ピッチャーをどれだけ生かすか、相手をどれだけだますかという2点に最終的に絞られる。
バッターに必要なのは集中力と積極性。裏を返せば、いかにヤマを張るかということ。だからキャッチャーは、バッターにヤマを張らせないように攪乱しようと努力する。
「今日はコントロールが悪いからまっすぐだな」とひとりごとを言う。本当に荒れているので、バッターはまゆツバものとわかっていても信じるほうに心が傾いてしまう。そこにカーブが来る。「やっぱり噓か」と思ったところに、今度は本当にまっすぐが来る。そうやって攪乱させてバッターにヤマを張らせない。ただカーブとストレートを投げるのと、そこにささやきがプラスされるのとでは意味が違ってくるのだ。
ささやくだけなのでピッチャーには聞こえない。ピッチャーまで聞こえると、こちらの集中力も乱れてしまうので、こういうかけひきにピッチャーは巻き込んではいけないのだ。でもバッターの怒っている顔を見れば、またなにかささやいているんだなというのはわかるのだ。
間接的“ささやき戦術”
野村監督のささやき戦術は大きく2種類に分けられる。