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37年ぶりの歌声…藤波辰爾の“伝説の珍盤”『マッチョ・ドラゴン』ってどんな曲? 当時の証言「あれが売れるなんて、ふざけるなって!」 

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堀江ガンツ

堀江ガンツGantz Horie

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posted2022/09/09 17:01

37年ぶりの歌声…藤波辰爾の“伝説の珍盤”『マッチョ・ドラゴン』ってどんな曲? 当時の証言「あれが売れるなんて、ふざけるなって!」<Number Web> photograph by AFLO

藤波辰爾と『マッチョ・ドラゴン』(1985年リリース)

『マッチョ・ドラゴン』はなぜ“伝説の珍盤”になった?

『マッチョ・ドラゴン』はよく「アニメソングのような歌詞」と言われたりもするが、これは森雪之丞が多くのアニメ主題歌の作詞を担当していたことも関係しているだろう。「キン肉マン」の『キン肉マンGo Fight!』や「ドラゴンボールZ」の『CHA-LA HEAD-CHA-LA』など、今も愛されるアニソンの作詞は森雪之丞であり、『マッチョ・ドラゴン』も別にウケを狙ったわけでなく、「キン肉マン」や「ドラゴンボール」の主題歌と同様に、少年たちの心に火をつけるような詞を心がけたものだと考えられる。

 なお筆者は以前、プロレス誌でプロレスに関する音楽を特集した際、森雪之丞に『マッチョ・ドラゴン』についてのインタビューを申請したことがあるが、残念ながら一切の返答はなかった。

 このように『マッチョ・ドラゴン』は大手レコード会社が、一流のスタッフを起用して製作したきわめてまじめな曲だった。にもかかわらず伝説の珍盤あつかいされているのは、ひとえに藤波のオリジナリティに溢れすぎた歌唱によるものだと言っていいだろう。

長らく封印されていた貴重な歌声

 とはいえ、『マッチョ・ドラゴン』発売当時、実際に藤波の歌声を聴いた人はごく少数だった。『マッチョ・ドラゴン』は藤波の入場テーマ曲でもあったが、会場で使用されたのは藤波の歌唱が入っていないカラオケバージョン。ドラゴンに『ザ・ベストテン』や『夜のヒットスタジオ』などの人気歌番組からお呼びがかかるわけもなく、当時はYouTubeなどもなかったので、ファンがMVを観る機会もほとんどなかった。

 そのため藤波が歌う『マッチョ・ドラゴン』を聴くことができたのは、実際にレコードを買った人か、好事家がラジオ番組にリクエストハガキを送りうっかり電波に乗ったものを偶然耳にした人ぐらいのものだったのである。

 またアナログレコード版発売の数年後、一度は藤波自身がCD化の話を断ったこともあり、1999年にキングレコードから発売されたオムニバスアルバム『格闘音楽大全プロレスQ 第5回 プロレス紅白』に収録されるまで、長らく“封印”された幻の曲でもあったのだ。

当時の証言「藤波が木槌でカセットごとぶっ壊したんだ(笑)」

 藤波が『マッチョ・ドラゴン』を封印していたエピソードとして、発売当時のタッグパートナーである“稲妻戦士”木村健悟は、こんな証言をしている。

「当時、試合会場でお客さんを入れる前、レスラーはリングの周りに集まってトレーニングしてたんだけど、リングアナウンサーの席には選手の入場曲を入れる機械が置いてあるわけよ。そこに誰かが面白がって『マッチョ・ドラゴン』の歌入りテープを持ってきて流し始めたら、藤波が血相変えて飛んできたからね。

 それで藤波は機械からテープを引っ張り出して、ゴングを鳴らすための木槌で叩いて割ったから。歌を流せないようにカセットテープごとぶっ壊したんだよ(笑)。頭から湯気を立てながら、それはもうもの凄い形相だったね」

【次ページ】 「あれが俺の歌より売れるなんて、ふざけるなって!」

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