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甲子園の風BACK NUMBER
宮城の農業高校で“野球部員10倍増”のナゼ…35歳の熱血監督を変えた“ある事件”「部室から練習道具が消えて夜逃げされたみたいな…」
text by
樫本ゆきYuki Kashimoto
photograph byNumber Web
posted2022/08/29 11:00
練習後にアイスで一息つく加美農業の選手たち
佐伯監督は「野球部紹介PDF」の制作に着手。ドローンで撮影した学校全景をメインにし「個人の意志、そして本氣を引き出す加美農業野球部」のタイトルとともに、甲子園出場までのプロセスをパワーポイントで図形化。カラープリントをして、オープンキャンパスで見学に来る中学生に配って回った。やると決めたらとことんやり続ける。それも佐伯友也という男の特徴だ。
今夏は部員20人に…「野球好きなら一緒にやろうぜ」
そして今年。地道な広報活動や中学指導者たちの信頼もあり、初心者10人を含む野球部員が20人に到達した。2020年から3年連続の単独チーム成功だ。選手の中には中学時代に心の病で不登校だった生徒や、家庭環境に恵まれず施設で育った生徒もいた。そういう複雑な生い立ちを持つ生徒の気持ちを掬しながら「大丈夫、大丈夫。野球好きなら一緒にやろうぜ」と声をかけ、野球の楽しさをゼロから教える。初心者に危なくないソフトボールを触らせるところからスタートした。野球部の中に「誰一人取り残さない、小さな社会」があった。
今夏の宮城大会は0-10の6回コールド初戦負け。それでも選手の顔は晴れやかだった。ほぼ初心者で野球を始めた3年生8人のうち3人が大学でも野球を続けるという。「3年生が最後までやりきってくれたことは、下級生がしっかり見ている。ありがとな、って伝えました」。生徒の自己肯定感を高め、野球人口を減らさないように現場で踏ん張っているのは、こういう先生なんだなと改めて思った。
「うちの子たちは中学時代に『できた』ことの数が圧倒的に少ない子ばかりなんです。『学校に行けた』だけで、褒められてきたレベルの子たち。いろいろな事情があって、成功体験がほとんどない。でもそんな過去、社会に出たら関係ないじゃないですか。誰も気にしません。野球は社会の縮図だと思っているので『ここから始めようぜ。野球で成功体験積んでいけばいいんじゃねーの?』って言ってます。つまらないプライドなんて捨てちまえよ、って本気で怒る時もありますね」
練習後の選手たちに話を聞いた。
卓球部出身の高橋敦也(3年)は言う。