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宮城の農業高校で“野球部員10倍増”のナゼ…35歳の熱血監督を変えた“ある事件”「部室から練習道具が消えて夜逃げされたみたいな…」 

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樫本ゆき

樫本ゆきYuki Kahimoto

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posted2022/08/29 11:00

宮城の農業高校で“野球部員10倍増”のナゼ…35歳の熱血監督を変えた“ある事件”「部室から練習道具が消えて夜逃げされたみたいな…」<Number Web> photograph by Number Web

練習後にアイスで一息つく加美農業の選手たち

「練習道具が消えて…」前任校で起きた事件

 なぜその思考にたどり着いたのか? 強豪校を率いる監督として、甲子園で勝ちたいと思わないのか? シンプルな質問を投げかけてみた。

「初任地の伊具で監督をしていたとき、ガツガツした野球をやってガンガン怒ってたんですよ。練習試合のある前日『なんでそんなことができないんだ』と一喝したら、翌日の試合に誰も来なかった。部室から練習道具が消えて夜逃げされたみたいな状態になって。ショックでした。その時、前監督の原田一貴先生(現・角田高校監督)から言われたんです。『過去の経験談や、夢物語を話したって子どもたちには自慢話にしか聞こえない。この指導者ならついて行きたいって思わせないといけないよ。ここでは本当の指導力が問われるよ』って。価値観が大きく変わった瞬間でした。部員がいない、厳しい練習についてこれないというチームを率いた時、自分ができることは選手が成功体験を感じられる場づくりなんじゃないかなって」

 冷静な口調で佐伯監督が続ける。

「成功体験が少ないって言いましたけど、それは子どもたちのせいではなく、今まで本気で愛情を注いでくれる大人に巡り合えるタイミングがなかっただけかもしれない。出会う大人で人生は変わるって僕は思っているんです。だから『ここから始めようぜ。もっと明るい未来があるんだからさ』って言ってます。誰も言わないから、僕が言ってるってところもありますね」

 かつて私が取材した選手の中にも、ケガやメンバー外を経験し、成功体験を得られぬまま、好きだったはずの野球が嫌いになってしまった選手がいた。もし彼らが……と思わずにはいられなかった。

〈つづく〉

#2に続く
仙台育英に“70点以上の差”で負けても…「恥ずかしいと思ったら、生徒に失礼」宮城の35歳監督が語る“過疎地の高校野球”は今…

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

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