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《追悼》ターザン後藤58歳で逝く「童顔の健康優良児」を変貌させた長髪&ヒゲ、そして電流撃破デスマッチ…盟友・大仁田厚と決裂の真相は?
text by
高木圭介Keisuke Takagi
photograph byYukio Hiraku/AFLO
posted2022/06/01 17:00
ノーロープ有刺鉄線デスマッチに臨むターザン後藤(1993年)
そんな大仁田と後藤が袂を分かつ約半年前。九州巡業中にある事件が起きた。
FMWの全選手の入場音楽が1人1本ずつ録音されていたカセットテープが、何とアタッシュケースごと盗まれてしまったのだ。まだインターネットで音楽データを送ってもらうとか、YouTubeからこっそり……とか、そんな時代ではない。すでにMD(ミニディスク)は存在していたが、それを取り入れていたのは新日本プロレスぐらいなもので、FMWはまだまだ音響をカセットテープに頼っていた。
後藤の見せ場の一つとして、テーマ音楽が鳴り響く中、リングインすると同時に無言で仁王立ちし、腕組みをしたまま対戦相手を睨みつけるというシーンがあった。後藤の入場曲は角川映画の『天と地と』(小室哲哉作曲)のサントラ曲をイントロに、同じく角川制作の草刈正雄主演映画『汚れた英雄』の主題歌(ローズマリー・バトラー歌唱)がミックスされたものだった。小室サウンドにも草刈正雄とも、何ら接点も共通項も感じさせない鬼武将だったが、こんな接点があった。そして、このオリジナル音源がなければ後藤の入場も成立しないほど浸透していた。
10月12日の長崎・佐世保市体育文化館大会の試合前、慌てたスタッフが佐世保市内のレコード店を駆け回り、各選手の入場音楽を探し回ったのだが、大仁田の入場曲『ワイルド・シング』(映画『メジャーリーグ』のサントラ盤)は手に入っても『汚れた英雄』が入手できない。
困った後藤がまさかの選曲
試合前、困った山田敏広リングアナが後藤の控室を訪ね、おそるおそる事情を説明すると同時に代替曲のおうかがいを立てる。その場にたまたま筆者も同席していたのだが、後藤の回答はこちらの想像を遥かに超えたものだった。
「仕方ないな。じゃあ、海援隊の『二流の人』がいいな」
『二流の人』とは、3年B組金八先生でおなじみ『贈る言葉』も収録されていた海援隊のアルバム『倭人傳』に収録されたアルバム曲。信長、秀吉、家康に仕えつつも天下を取り損ねた黒田官兵衛の無念を「♪黒田官兵衛 苦笑い 一生ツキがなかったと~」武田鉄矢が熱唱するという知る人ぞ知る佳曲なのだが、これがまた当時のレコード店やCDショップ事情では『汚れた英雄』以上に入手困難だった。
ある意味、らしい選曲である『二流の人』をあきらめた後藤の第2案は『宇宙戦艦ヤマト』の主題歌だった。これは容易に入手できた。
この日のセミファイナル。中川浩二(GOEMON)とタッグを組んだ後藤は、松永光弘と金村ゆきひろが待ち受けるリングに、宮川泰作曲の勇壮なヤマトのイントロとともに入場。その時の後藤の表情は、いつにも増して笑っているのか、怒っているのか? まるで読み取れない複雑なモノだったことが忘れられぬ。今も『二流の人』や『宇宙戦艦ヤマト』の主題歌を耳にすると、あの日のターザン後藤が思い浮かんでしまうのである。合掌。