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“藤井聡太14歳と戦った男”が異色の将棋ベストセラー著者に 「敗戦に関する痛覚は完全にバグってます」AI研究に没頭する今とは 

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白鳥士郎

白鳥士郎Shiro Shiratori

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photograph byTakashi Araki

posted2022/05/24 17:00

“藤井聡太14歳と戦った男”が異色の将棋ベストセラー著者に 「敗戦に関する痛覚は完全にバグってます」AI研究に没頭する今とは<Number Web> photograph by Takashi Araki

奨励会時代に藤井聡太と戦った頃の『あらきっぺ』さん

「自分の性格とか棋風的に、他のものに染まりやすいというのがあるんですよ。強い個性があるという棋風ではなく、バランスが取れているんですね。

 だいたい攻め将棋か受け将棋か、どっちかなんですよ。でも私の棋風を評するとき 攻め将棋の人は『受け将棋だ』と答えるでしょうし、受け将棋の人は『攻め将棋だ』と答えると思うんです」

 ——なるほど……では、あらきっぺさんが理想とする棋士や、奨励会時代に目標としていた棋士はどなたでしょう?

「豊島将之先生です。私と年齢が同じで、棋風的にもバランスタイプで、居飛車党の王道本筋派なので。自分の目指す方向性としては理想だなと思っていたので奨励会時代もよく記録を取らせていただきました。

 ちなみに私が記録係をすると、豊島先生はほとんど勝つんですよ! 26回くらいやっているはずなんですけど、1度しか負けていないんです」

豊島先生がソフトを使いだしてから変化を感じたか

 ——豊島先生がソフトを研究に使うようになって変化を感じましたか?

「だいぶ攻めに偏るなと感じるようになりましたね。昔は5:5だったのが、今は8:2か9:1くらい攻めに偏っています。『これはソフトの悪影響かな……?』と思ったのが、王将戦に出て久保(利明)先生と戦ったとき。相振り飛車を連投したシリーズです」

 ——2度目の王将挑戦ですね。第67期王将戦。あのシリーズはびっくりしました。居飛車党の豊島先生が相振り飛車を採用して。

「あの第3局って、豊島先生がものすごい勢いで攻めていって。その攻めが切れてしまって最後は大差になって負けたという将棋だったんですけど、それは……あの、将棋ソフトの中でも 『Apery』って、すごく攻めっ気が強いんですよ。

 無料で公開されたソフトってAperyが初めてだったと思うんですけど、おそらくそれを使って……その棋風に寄りすぎてしまったのかなと。あくまで憶測の域にはなるんですが」

 ◇ ◇ ◇

 話を聞きながら、背筋が凍えるような感覚をおぼえた。そこまでわかるのか、と。

 Aperyは世界コンピュータ将棋選手権で優勝したソフトだ。電王戦FINALで斎藤慎太郎八段と戦ったソフトでもある。

 豊島はインタビューで「公平性を重んじて、しばらくAperyを研究に使っていた」という言葉を残している。電王戦に出場した豊島は公開されていない別のソフトも使うことができる環境にあったが、自発的に他のプロ棋士へ配慮したのだろう。

 そして私は豊島にインタビューした際、こんな言葉も聞いている。

「ソフトとずっと対局していました」

ソフトと対局すると「将棋が壊れる」というが

 ——あらきっぺさんは将棋ソフトを使ってみて、どんな反応が出ましたか? 棋士の先生から話を聞くと、ソフトと対局をすると、棋風が極端な受け将棋になってしまうというような。「将棋が壊れる」と表現なさる方もいらっしゃいます。

「ソフトは極端な攻め将棋ですからね。こちらはずっと受け続けることになりますし、しかも勝てないので、将棋が壊れてしまう。でも、自分は……もともと何も無いので。壊れようがないというか」

 ——そういう意識があったからこそ、最強と名高い『水匠』と100日間も連続で対局するということができた?

「頭がおかしいということもありますが(苦笑)。プロは、悪影響が出るほうを考えてしまうと思いますし。将棋ソフトを使う際、多くの人は自分の将棋を調べるか序盤を調べるかだと思うんです。でもこれは知識としては得られるものが多いですが、棋力がつくかは難しい。

 ここでいう棋力とは、読みの深さや未知の局面での対応力、第一感の精度なんですけど。それは検討とか棋譜解析をしても付かないと思うので。そうなると、残る使い方って、指すしかないじゃないですか」

 ——やってみて、棋力は向上しましたか?

【次ページ】 敗戦に関する痛覚は完全にバグってます(笑)

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