草野　鹿児島から福岡、大阪放送局を経た入局9年目の年でしたね。当時の最短タイ記録だったらしいです（笑）。昔は派遣する人員も少なかったので、入局して14、15年くらい経たないと行けなかったので。

五輪の名場面マイベスト「やっぱりレークプラシッド五輪の…」

――すると5年以上前倒しでの大抜擢ですね。一番初めのオリンピック実況で一番印象に残っているレースはなんでしょうか？

草野　私はラジオ放送で水泳の全種目を予選から決勝まで担当しましたが、当時の目玉と言えば、男子100m自由形で50秒の壁を破れるかどうか。アメリカのジム・モンゴメリーが52秒そこそこの世界記録を持っていました。

　そこで先輩アナウンサーと賭けをしたんです。負けたほうが豪華な夕食をごちそうするという（笑）。私が「必ず破られる」と言いましたら、先輩は「君は初めての経験だから分からないだろうけど、五輪は記録より勝つことが大事なんだ。意外に記録は出ないもんだよ」と。

――賭けの結果はどうだったのですか？

草野　今でもその時の実況を覚えていますよ。「スタートしました！　ジム・モンゴメリーが快調に飛ばし、前半からぐんぐん引き離していく……」。50メートルをいい感じにターンして、残り20メートルもまったくスピードが衰えない。

「ゴールイン！　タイムは？」と言った後に、電光掲示板にちょっと間がありましてね。表示されたタイムは49秒99。その瞬間に、後ろから先輩にドンとお尻を蹴飛ばされました（笑）。こういう歴史的な瞬間に立ち会えるのが、スポーツアナウンサーの醍醐味だと肌で感じましたね。

――その後も数々の五輪実況を担当しましたが、思い出のレースは他にもありますか？

草野　やっぱりレークプラシッド五輪のスピードスケートでしょうか。アメリカのエリック・ハイデンが500mから10000mまで、5種目を一人で完全制覇する瞬間を実況できたのは嬉しかったですね。

　実はレース前、ノルウェーの選手団と一緒に彼に会いに行ったんです。そこで彼の練習メニューを見たのですが、ノルウェーの選手が「信じられない。こんな練習したら一日で身体が潰れるよ！」とびっくりするくらい、とてつもなくハード。長い間に積み重ねた練習の量と質が五冠を生み出したんだなと思いました。

スピードスケートの全5種目で金メダルを獲得したエリック・ハイデン　©Getty Images

羽生結弦を褒めたら…「彼のファンは熱烈ですね（笑）」

――これまでNHK時代も含めて、数々の五輪とアスリートを見てこられたと思いますが、近年で印象深い選手は誰ですか？

草野　悩ましいですが……まずフィギュアスケートの羽生結弦君。自分が次に何をすべきなのか、常に先々を見通しながら一歩ずつ着実にレベルアップを図れる、そんな数少ない選手の一人だと思います。それに腕の長さや身体のバランスがとてもいいですよね。頭一つ抜けて美しいし、演技者として素晴らしい。私がフィギュアを実況していた頃は「貴公子」と呼ばれたイギリスのロビン・カズンズがずば抜けて美しかったんです。それでもようやく3回転が跳べるというくらいのレベルでしたが、羽生君は誰も届かないような次元にいますよね。6年くらい前、ブログで「ロビン・カズンズを超えた」と書いたら、羽生ファンから「よく言ってくれた」とかびっくりするくらい反響がありましたね。彼のファンは熱烈ですね（笑）。

北京冬季五輪、エキシビションの羽生結弦　©Asami Enomoto

　あと、大谷翔平君も素晴らしいアスリートですよね。小学生時代からしっかり目標を設定して、高校時代は「マンダラチャート」を使っていたとか。私が同い年の頃なんて、なんにも考えずにただ走っていましたよ（笑）。それから、北京五輪で活躍した平野歩夢君も凄かったですよね。不可解判定をものともしない「どうだ、参ったか」と言わんばかりの演技には驚かされました。

　昔は五輪でトップに立てる日本代表選手は少なかったけど、今は色んな種目で若い世代が活躍していますよね。今の時代にスポーツ実況ができたらなあと思ってしまいます（笑）。

――確かに実況しがいがありそうですよね。例えば北京冬季五輪だったら、どの種目を実況したかったですか？

【次ページ】　他局のアナに教えられた“競馬実況”「チーム戦ですよ、と」