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「実はアナ志望ではなかったんです」草野仁78歳に聞く“NHKのエース実況アナ”になるまで「いま実況するなら…フィギュアかな」
text by
荘司結有Yu Shoji
photograph byHidenori Daikai
posted2022/05/14 11:01
フィギュアスケートのNHK杯を実況するNHKアナ時代の草野仁さん(右から2番目)。エース実況アナとして数々のスポーツの現場で名場面を伝えてきた
草野 自分が担当していたのもあって、やっぱりフィギュアスケートですかね。ただフィギュアの実況って、どうしても解説者がジャンプや技を解説しないと、アナウンサーもすぐに判別できないことがあると思うんです。アナウンサー自身も「これはサルコーだな」とか「4回転アクセルにトライした」とか指摘できるようになれば、さらによい放送になるなという感じがします。まあ難しい注文ですが(笑)。
他局のアナに教えられた“競馬実況”「チーム戦ですよ、と」
――それと、草野さんは競馬実況も数多く担当していますよね。競馬ならではの難しさもあるのでしょうか?
草野 スポーツの中でも難しい実況の一つだと思います。あの疾走感についていくのと、ゴール間際で競り合ったときに間違えずに伝えられるかというのは、大変な技術を要求されるんです。私が初めて競馬実況を担当したのは、昭和50年(1975年)の秋の菊花賞でしたが、まあ当時のNHKの競馬放送が実にいい加減で……。
――“いい加減”?
草野 その頃の競馬中継というのは、ラジオ時代から変わらずアナウンサーが双眼鏡を持ったまま実況をしておりまして。そうすると映っている映像と実況とでズレてしまうことがある。最悪の場合は馬を見失ってしまうこともある。どうやって実況するのがいいのかなと迷いまして、関西テレビの杉本清アナウンサーにご連絡したんです。
――ライバル局のアナウンサーにアドバイスを求めたんですね。
草野 そうなんです(笑)。でも杉本さんも快諾してくださって色々と教えてくれましたよ。とにかく杉本さんが言うには「草野さん、競馬実況はチーム戦ですよ」と。
――競馬実況はチーム戦、ですか。
草野 杉本さんも双眼鏡を使った実況で失敗した経験があって、それからスタッフと話し合って、例えば向こう正面に入ったら「では先頭から見ていきましょう。先頭は〇〇、2番手に△△、今日人気の□□はもっと後ろの方……」と、実況がカメラを引っ張っていく形に変えたそうなんです。まさに今の競馬実況の形ですよね。
――ちなみに下世話な話かもしれませんが、草野さん自身が実況するレースの馬券を購入していることもありましたか?
草野 これはね、私も気になって独自に調査したことがあるんですが、基本的に皆買ってます(笑)。もっとも、間違えないことに必死なので、ゴールインした後に「当たったかな」と分かるくらいですが。実況中に邪な考えを持つことはないですよ。
仮に順位を間違えてしまったら、ウワーッと電話が鳴るんです。「お前んとこのアナウンサーが着順を間違えたから当たり馬券捨てちゃったじゃないか」と。多分、嘘だと思うのですが(笑)、お金がかかっているだけにね、間違えちゃいけない放送なんです。
――続く後編では、伝説的深夜番組『草野☆キッド』秘話や、今もなお衰えない肉体の保ち方について、話を聞いていきます。
〈#3へ続く〉