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キプチョゲを生んだマラソン大国・ケニアの意外な最新事情「日本人選手は大迫傑しか知らない」「環境ではなく“靴”で練習拠点を選ぶ」 

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佐藤俊

佐藤俊Shun Sato

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photograph byNaoya Sanuki

posted2022/05/10 11:00

キプチョゲを生んだマラソン大国・ケニアの意外な最新事情「日本人選手は大迫傑しか知らない」「環境ではなく“靴”で練習拠点を選ぶ」<Number Web> photograph by Naoya Sanuki

マラソン強豪国・ケニアでは今、世界のトップランナーを強化・育成するキャンプが増えているという。「ASICS CHOJO CAMP」もその一つだ

「何曜日にこれをやるというのは決まっていません。個々の目標やレースによってスケジュールが変わってくるからです。平均的なことでいうと木曜日にポイント練習をして、日曜日にロング走をする感じです。

 選手は、いくつかのグループに分かれていて、マラソン組は9名いますが、ロング走では30~40km走ります。残りの日はジョグやレストですね。イテンは2400mの高地で、不整地やアップダウンが多く、ガタガタのロードを走るので心肺や足腰が鍛えられますが、怪我も多い。みんな、キプチョゲのようになりたい、成功したいと思っていますし、すごく真面目なのでやり過ぎてしまうことが多いんです。そこは注意しながら見ていますね」

 速くなりたいがために高負荷の練習をつづけるなど、つい無理をして故障してしまう構図は、ケニアも世界も、そして日本も変わらない。このキャンプで育成強化する際に重視しているのは、どんなことなのだろうか。

「時間です。それはレースのタイムではなく、育成強化に時間をかけるということです。ケニアでは若い選手にいきなりマラソンをやらせません。トラックでスピードをつけ、距離を伸ばし、ハーフなどを経験した後でマラソンに移行します。いくらケニア人であっても急に速くなることはありません。強いランナーにするためにしっかりと時間をかけて、我慢して育てることが重要です」

365日、生き残りを賭けた厳しい生存競争下で走っている

 ピーターは、日本では20代前半でマラソンを走る選手が多いと聞いて少し驚いた表情を見せた。ここ数年、多くの日本人ランナ―がイテンを訪れ、合宿をしている。ピーターもイテンを始め、ケニア国内で日本人ランナーをよく見るようになったという。

「日本人選手の名前は、大迫傑ぐらいしか知らないですが(苦笑)。イテンで日本人が合宿する意義はすごく大きいと思います。高地トレーニングや不整地の練習で強くなっていくのはもちろん、キャンプ地にいる多くのアスリートと触れ合うことで文化的、能力的な違いを感じることができます。また、ケニア人が恵まれない環境で必死に頑張っている姿を見れば、競技に対する意識や考えが変わるキッカケにもなるでしょう」

 日本の選手がケニアに行く理由はそれぞれだろうが、確かなことはケニアには日本にあるエンターテイメントもコンビニもいろんな誘惑もない。気が散るものがなく、毎日走ることに集中することができる。毎日が高地トレで、無名でも質の高い選手が多く、お互いにプッシュし合える環境があるということだ。

 ただ、ケニアに行ったからといって誰もがケニア人のように強くなるわけではない。合宿は、2、3カ月で終わるが、ケニア人はそれが日常だ。今回の取材で話を聞いた2人の選手は日本人の選手のことを誰も知らなかったが、それはイテンにはキプチョゲのような目標にすべきトップアスリートがいるからで、他国の選手には興味がないのだ。彼らは目標と将来しか見ておらず、365日、生き残りを懸けた厳しい生存競争下に置かれて走っている。

「生きるために走るんです」

 トーマスの言葉が重く響く。日本人がなかなか持ちえないその覚悟が、ケニアの強さの一端であることは間違いない。そのマインドを持った強い選手がCHOJO CAMPから果たして、どのくらい出てくるのだろうか――。

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