Number ExBACK NUMBER
キプチョゲを生んだマラソン大国・ケニアの意外な最新事情「日本人選手は大迫傑しか知らない」「環境ではなく“靴”で練習拠点を選ぶ」
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byNaoya Sanuki
posted2022/05/10 11:00
マラソン強豪国・ケニアでは今、世界のトップランナーを強化・育成するキャンプが増えているという。「ASICS CHOJO CAMP」もその一つだ
「CHOJO CAMPは施設、食事を含めファーストクラスのものを用意しています。だが、選手が最終的にキャンプを選ぶ際の重要な要素はシューズです。5年前ならアシックスはトップクラスのレーシングシューズがなかったので、スカウティングに苦戦していたでしょう。でも、今はハイクラスの『アシックス メタスピード』があるのでリクルートしやすくなりました」
トーマスの話を聞いて面白かったのは、選手がキャンプを選択する際の重要なファクターがシューズということだった。ケニアの選手が重視するのは、環境面や経済面でのサポートだろうと思っていた。なぜ、ケニアの選手はそこまでシューズにこだわるのか。
「ケニア人にとって走ることは、仕事です」
「それは、彼らが常に勝ちたいと思っているからです」
トーマスは、そう語る。
「ケニア人にとって走ることは、仕事です。楽しさを求めて走るのではなく、生活し、生きるために走るんです。ケニアは、仕事が選べるほどあるわけではなく、経済的に恵まれた国ではありません。お金を稼ぐためには走ること以外、選択肢がないんです。私が思うに、ケニア人の多くが、1度はランナーになろうとトライしたことがあるのではないでしょうか。そのくらいケニアの人は走ることに懸けていますし、ナイキやアディダスの選手に絶対に勝ちたいと思っている。だから、シューズにはすごくこだわっています」
2017年以降、世界はナイキの厚底シューズ革命に飲み込まれた。アシックスも2021年箱根駅伝でのシューズ着用率がゼロになった。それまでアシックスは薄底でシドニー五輪、アテネ五輪のマラソンで金メダルを獲得するなど結果を出し、世界のランナーに支持されてきた。だが、もはや厚底の流れを無視することはできなかった。高反発厚底シューズの開発を始めるにあたり、アシックスはトップランナーの意見を最大限反映させ、頂上を目指すシューズ作りにこだわった。
「ケニアからは、ランナーの声を届けています。それはデータなどサイエンス的なものではなく、選手個人のフィーリングが主です。項目がいくつかあって、例えばスプリングはどうか、前に移動する時はスムーズかなど1~5段階で評価してもらい、さらに履いたインプレッション(印象)やこれがいいとか、こうしたらもっと良くなるとか、個人的な感想も付け加えています」
トーマスが語るように、こうしたやりとりが行われ、「アシックス メタスピードプラス」もこのプロセスを経て、完成したという。
本場の練習「すごく真面目なのでやり過ぎてしまうことが多い」
ただ、シューズが戦えるものになっただけでは、世界のトップクラスに行く事は難しい。当然のことながらそれ相応のトレーニングをしなければ世界とは戦えず、ハイスペックのシューズも宝の持ち腐れになってしまう。
キャンプでのトレーニングメニューを考えているのは、ピーターだ。気になるトレーニング内容だが、1週間はどんなメニューになっているのだろうか。