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ボクシングPRESSBACK NUMBER
井岡一翔32歳のトレーナーが明かした壮絶な過去…なぜ“亡命”を選んだのか?「2、3カ月で収入わずか100ドル」「パスポートは没収された」
text by
林壮一Soichi Hayashi Sr.
photograph byAFLO
posted2022/03/18 11:01
写真は2011年2月11日、WBC世界ミニマム級タイトルマッチ。プロ7戦目で世界王者になった井岡一翔とトレーナーのイスマエル・サラス
「アメリカという国は、生き易さ、経済力、教育の面で素晴らしいなと感じます。人生を拓くチャンスもありました。でもね……長く苦しみましたが、私は自分がキューバ人であることに誇りを持っているんです。
キューバでアスリートを育成する折、コーチたちは徹底した理論を身に付けた上で競技者と接します。どういうタイミングで手本を示すか、アドバイスをするか、各々の選手の特徴を見極めて向かい合います。タイに住んでいた頃、ムエタイのファイターがコーチに蹴り飛ばされている光景を何度も見ましたが、あれでは選手が伸びません。キューバではあり得ない指導だったので、彼らを気の毒に思ったものです。
厳しい言葉を吐くことも当然ありますが、私がスマイルを忘れず、汚い言葉も吐かず、選手が持っているものを100パーセント出すように指導するのは、キューバ流を体得したからです。大学と大学院で合計9年もの歳月を掛けてコーチを作っていく国で学んだからこそ、今があると感じています。“いかに指導するか”をきちんと学習するカリキュラムが、どこの国よりも整っています。我々は、運動生理学も、人体の回復の仕方も、心の病についてもすべて学んでいます。優秀な選手ほど、繊細だったりしますよね。コーチは時にメンターにもならねばいけない。だからこそ、スポーツ科学を学ぶことが尊いんですよ」
「ただ強いだけの選手は野獣にしかなれません」
サラスのジムには、ドイツからその教えを受けたいとラスベガスにやって来た選手の姿があったが、米国内からは当然のこと、ドミニカ、日本、プエルトリコと国境を越えた需要がある。
「私のジムで汗を流す選手たちは、全員がファミリーです。日々、私も学習しながら選手を成長させたい。彼らも助け合い、尊敬し合い、スパーリングを重ねて、それぞれ向上してほしい。リングではチャンピオンになるための努力をしなければなりませんが、この場所を訪れたなら、何かを掴んで、人間性も高めてもらいたいと考えています。だから、私はファイターと出会った初日に言うんですよ。『自分を偽らず、隠さずに、全てを見せてくれ』と。
人間性を磨かないと、選手としてもトップにはいけないと私は思っています。人の言葉を謙虚に聞き、アドバイスを取り入れる。疑問点や質問があったら、きちんと訊ねる。その時に最低限の礼儀を弁えた立ち居振る舞いをする。それが出来ずに、ただ強いだけの選手というのは野獣にしかなれません」
ドイツ人ファイターと、そのトレーナーが、サラスだけでなくジムにいた全ての人に「また明日」と声を掛けて去っていく姿が印象的だった。
サラス・ボクシングアカデミーは、ラテンミュージックと困難から逃げなかったキューバ人の闘志、そして選手たちの笑顔で包まれていた。
<前編から続く>