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引退・小平奈緒「101%に挑戦することで…」「9割ぐらいの成功ならそれで良し」稀代のスケーターから学びたい自己肯定力
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byShunsuke Mizukami
posted2022/04/13 06:00
2020年の小平奈緒。彼女の言語化能力はアスリートとしてひときわ輝くものだ
101%に挑戦することで次のレベルに到達できれば
「限界を超えることに挑戦をした時に失敗して、たとえ自分のプライドに傷がつくことがあっても、それを受け容れられるようになっていたのです。すると次も、新たな領域に対しても勇気を持って挑戦できるようになっていました。ソチ五輪前までの私は、弱い自分を見せたくないという思いから、99%もしくは80%の自分でごまかすようなところがありました」
つまり、オランダで考え方が変化したことにより、小平は自分の限界を超えていく方法の一つを会得していたことになる。
「101%に挑戦することで次のレベルに到達できれば、それが新しい100%になる。そうやって、自分の心も体もどんどん成長できたのだと思っています」
自己肯定というブレない軸を手にしてからは、みるみるタイムを縮めていった。
'16-'17シーズンからW杯女子500mで連戦連勝。2位以下との差をどんどん広げ、'17-'18シーズンも無敗のまま平昌五輪を制した。
“9割ぐらいの成功であればそれで良し”
それから2年。小平は今も未知の領域に足を踏み入れる勇気を見せ続けている。
昨季は指導を受ける結城匡啓コーチと「平昌と同タイムだと北京で勝てない」と意見をすり合わせ、ほぼ10年ぶりに本格的に1500mにも取り組んだ。作戦は500m、1000mと合わせて数多くのレースをこなし、心技体のタフネスに磨きを掛けること。レース数の多さは疲労につながるし、疲労が重なれば順位に響いていくが、小平は承知でトライした。それは、オランダに行って手にしたもう一つの新たな思考法を土台とする挑戦だった。
「常に完璧な、傷ひとつない自分を求めていたら安全な道を選択すると思うし、勇気も出にくくなります。でも、オランダに行ってから、新しいことに挑戦したときに“9割ぐらいの成功であればそれで良し”という自分でいることもできるようになり、一歩を踏み出せることが増えました。'14年までの小平奈緒は完璧を目指していたのですが、“9割で合格点”という意識を持ったことで変わりました」
「9割で良し」という考えは「自己肯定」と相反するように見えるかもしれない。けれども、「世界最速」という究極の目標を持つ小平にとって、これらのマインドは決して二律背反ではない。目指す高みに向かう手段としての思考方法なのだ。