オリンピックPRESSBACK NUMBER
小平奈緒はなぜ愛されるのか? 15年追った記者が見た“希有なアスリート”の実像「小平の前では誰一人、敗者がいなかった」
posted2022/04/20 06:00
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph by
JIJI PRESS
やさしさを、とことんまで貫く人だ。
長野五輪を見てスピードスケートに夢中になり、創意工夫と鍛錬で壁を打ち破り、世界のトップを駆け抜けてきた小平奈緒(相澤病院)が、今年10月の全日本距離別選手権を競技人生のラストレースとすることを表明した。
4月12日に生まれ故郷である信州・長野で会見を開き、「自分自身でゴールラインを決めたのは初めて」ときっぱり言った。予定をはるかにオーバーする約80分間の会見。語られた言葉の端々に、彼女が愛される理由が溶け込んでいた。
引退会見で驚いた2つのこと
発表を聞き、驚きを感じたことがいくつかあった。その1つは、「ラストレース」を半年前に“告知”したことだ。
「先に言っておいた方が多くの人が後悔しないかなという思いがありました。もともとたくさんの人と思いを一緒にしながら滑りたいという気持ちがあるので、早い段階で言っておいた方がいいかなと思いました」
小平はそう説明した。人の気持ちを先読みしての最善の配慮。これは簡単そうに見えてなかなかできることではない。夏場は講演活動なども行なう予定であり、行く先々で多くの人から声をかけられるはず。ふれあう時間を大切にしたいという気持ちが伝わる。
2つ目は、シーズン開幕戦のたった1レースしか滑らないことだ。
スケート選手のオフシーズンのトレーニングは、様々な競技の中でもとりわけ過酷だ。地味でもある。前シーズンの自分を超えるべく、そして、シーズンを通して戦い抜く土台をつくるべく、限界超えのメニューを組むことができるのは、国際大会のタイトルや高速リンクでの記録樹立という目標があるからこそと考えるのが普通だろう。小平の決断にはそのいずれもない。しかし、小平は、事もなげに言う。