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富沢祥也と勝利のわかめラーメン…極限に挑むライダーたちの願掛けと、多くの才能を見送ったGPライター遠藤智の追想
posted2022/02/04 06:00
text by
遠藤智Satoshi Endo
photograph by
Satoshi Endo
グランプリを転戦するようになって33年目のシーズンを迎える。その33年間、シーズン最初の海外遠征にでかける前に決まってすることがある。近所の寺にお参りして一年の安全と健康を祈る。そのお陰なのだろうか、これまで大きな事故に遭わず、大病もなく、元気に世界を飛び回っている。
カメラとPCを持って移動するだけでこうなのだから、レーシングスピードでサーキットを走る選手たちが、こうした「決まり事」をもっているのは普通である。その代表格が昨年を最後にMotoGPを引退したバレンティーノ・ロッシで、ピットの椅子に座ってからヘルメットをかぶるまでの手順、そしてヘルメットをかぶってマシンに跨がるまでの「決まり事」がやぶられることはなかった。
たとえば、マシンに跨がる前には、進行方向右側にしゃがみ、ステップに手を添える。その姿はマシンに何かを語りかけているようでもある。そして、マシンに跨がるときは右側から、走行を終えて降りるときは左側から。コースに出て行くときにもピットロードで一度マシンに立ち上がるなどなど、レーシングスーツを着てからコースに出て行くまで本当に多くの「決まり事」があった。
この2年間、怪我と怪我の影響でタイトルから遠ざかっている絶対王者のマルク・マルケスも、ロッシほどではないが、いくつかの決まり事がある。ピットの椅子を立ち上がりマシンに向かうときにつま先立ちで歩く。そうした「決まり事」は、歴代の日本人ライダーたちもほとんどがもっていて、その代表はノリックこと阿部典史だった。その「決まり事」の数ではロッシに匹敵した。そうした「決まり事」は、ライダー自身がいくつものレース、シーズンを経験して出来上がっていくものだが、僕がそうした「決まり事」の誕生に加担してしまったこともある。
勝利のわかめラーメン
その相手が2009年に250ccクラスに参戦した富沢祥也だった。祥也は250ccクラスから4ストローク600ccエンジン(当時)を搭載するMoto2クラスに変わった10年の開幕戦カタールGPで優勝した。その大会で僕は祥也と同じホテルに滞在していたのだが、決勝の朝(カタールGPはナイトレースなのでお昼過ぎだけど……)、「ああ、カップ麺がたべたいなあ」という祥也に、そのとき僕が日本から持参していた「わかめラーメン」をあげた。祥也はホテルのレストランでお湯をもらい、すぐに食べた。そして食後に飲んだのがオレンジジュースで、以来、祥也の決勝日の朝食はオレンジジュースとわかめラーメンになった。