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“魂のジャーマン”にカメラマンも涙…難病と戦う関根“シュレック”秀樹が命がけでリングに立つ理由「諦めなければ良いことがあるから」
text by
長尾迪Susumu Nagao
photograph by©RIZIN FF Susumu Nagao
posted2022/01/13 17:04
Uインターや全日本で活躍したゲーリー・オブライトを敬愛し、コスチュームの「N」のロゴを引き継ぐ関根“シュレック”秀樹。ジャーマンスープレックスは2000年に36歳で夭折したオブライトの必殺技でもあった
「あそこでジャーマンに行かなきゃ男じゃない」
勝ち名乗りを受けた関根は号泣。ダメージで塞がった左目からも、大粒の涙がこぼれた。マイクを手にした彼は、自分自身に言い聞かせるようにこう言った。
「病気があっても、どんな困難があっても、諦めなければ良いことがあるから」
この言葉を聞いた時、私は涙が止まらなくなった。彼との思い出が、走馬灯のように甦ってきた。警察を辞めたときのことや、病気のこと。つい2カ月前、メインイベントに登場するということで撮影に行った静岡でのプロレスの試合。平日ということもあり、観客は100人ちょっとだった。そんな関根が、こんな大舞台で勝利した。ここまで来た彼の道のりを思うと、自分にとっても感慨深かったのだ。
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私はこの試合でどうしてもわからないことがあった。MMAにおいてジャーマンスープレックスは、投げる方が非常に体力を消耗する技である。その割には相手に大きなダメージを与えることができないと認識されている。にもかかわらず、なぜ関根はこの技を使ったのか。しかも、自分のスタミナもほとんど切れかけているのに、だ。
関根の返答はいかにも彼らしかった。
「“自分史”の総決算だからです。この一戦が自分の人生の最高潮。死んでも勝つつもりで臨みました。だからUWFのメインテーマで入場したんです。UWFインターのプロレスラーになりたくて、でもなれなくて……。警察を20年やって、プロ格闘家になって、プロレスラーにもさせてもらって、そうやって裏街道を歩いてきた歴史と、本道である大晦日さいたまスーパーアリーナが交わったんです」
あの場面で勝つには、テイクダウンから寝技に行くのがベストだということを、彼はもちろん理解していた。
「だけどそれでは、自分の生きてきた歴史が無駄とは言わないまでも、(この試合と)関係ないことになってしまう。途中から、俺みたいにUWFに夢を見たおじさんたちのパワーが流れ込んでくるような気がしました。『あそこでジャーマンに行かなきゃ男じゃない!』って。意地ですね(笑)」
関根の試合を見るたびに思うことがある。私には、彼が「この命、今日ここで終わってもいい」という覚悟で臨んでいるように感じるのだ。“超人”を本当の意味で“超人”たらしめているのは、鎧のような肉体ではなく、その卓越した精神力なのかもしれない。
後悔しないために、命をかける。そんな道を選んだ関根“シュレック”秀樹の生き様は、震えるほどにカッコいい。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。