フィギュアスケート、氷上の華BACK NUMBER
「死ににいくようなジャンプ」を着氷するために…羽生結弦が全日本選手権で見せた“王者の貫禄”と込み上げた感情《北京五輪へ》
posted2021/12/27 17:09
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph by
Getty Images
氷の中央に出てきた羽生結弦は、身体の軸を確かめるように氷の上でクルクルとトゥイズルをした。普段以上に集中する彼のエネルギーが、静かな炎になって全身を包んでいるかのようだった。
パンデミックでカナダの国境が閉ざされてから、この1年半以上、仙台で自主トレーニングを続けてきた。オミクロン株で日本の入国にも規制がかかり、ここでもリンク際に立つブライアン・オーサーコーチの姿はない。お気に入りのくまのプーさんのティッシュケースと、さいたまスーパーアリーナいっぱいの観客たちに見守られて演技を開始した。
シェイリーン・ボーン振付、フリー「天と地と」のメロディが始まる。冒頭で、かねてから宣言していたように4回転アクセルに向かう滑走をはじめた。
普段の羽生の滑りよりも、かなりスピードをセーブしているのが見て取れた。それは本人が説明したようにアクセルの「軸を作ること」を優先させて、コントロールするためだろう。
踏み切った羽生は、このスピードでこれほど高く上がれるのか、というほど高く跳躍し、細い軸で素早く回った。着氷は両足でやや前のめりに。回転不足でダウングレードになったものの、転倒せずに堪えたのは彼の体幹の強さ、並外れたバランス感覚の良さのたまものに違いない。
そこからの羽生は、少しほっとしたかのように肩の力を抜いて楽に滑っているように見えた。4サルコウはまるで3回転のように、得意の3アクセルはまるで2アクセルであるかのように、無駄な力が入らずに余裕をもって悠々と着氷した。
大きなミスなく演技を終えてポーズをとった羽生は、ちょっと頷き、深々と観客にお辞儀を何度か繰り返した。
「死ににいくようなジャンプ」
11月のNHK杯の直前に右足首を負傷したことが発表されてから、彼がどのようなコンディションでいるのか誰も知らなかった。
全日本選手権には出場できる状態なのか。
出られたとしても、怪我を抱えて4アクセルに本当に挑戦するのか。
4アクセルをやったなら、残りのプログラムを滑り切ることができるのか。
多くのファンや関係者たちが抱えていたこのような疑問を、いっきにスカッと吹き飛ばし、雲を晴らしたかのような羽生の演技だった。