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「生意気なクソ小僧だよ」初登板ノーノーで人生一変「増えた親戚、紅白の審査員に…」元中日・近藤真市「なぜ2年目に異変?」“壊された左肩”の全真相

posted2025/05/15 11:36

 
「生意気なクソ小僧だよ」初登板ノーノーで人生一変「増えた親戚、紅白の審査員に…」元中日・近藤真市「なぜ2年目に異変?」“壊された左肩”の全真相<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

1987年8月9日、プロ初登板でノーヒットノーランを達成した近藤真一(現:真市)。この日を境に、18歳の人生は一変した

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森合正範

森合正範Masanori Moriai

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Sankei Shimbun

一軍初登板でノーヒットノーランというプロ野球史上初の快挙を達成し、近藤真市の人生は一変した。だが、さらなる飛躍を誓っていた2年目の途中、異変が起きる。「もう話してもいいでしょう」。“壊された”左肩の真相を本人が語った。(全5回の2回目/3回目へ)※文中敬称略、旧登録名は「近藤真一」

「生意気なクソ小僧だよ」“マスコミ嫌い”の源流

――あの日から注目度が増して、取材が増えて、近藤さん自身は変わりましたか。
「多少生意気にはなりますよ。なります、なります、自分で感じたもん」
――自分でもわかるくらいだったんですね。
「生意気なクソ小僧だよ。だけど、大柄になったという感じではない。本当に取材が嫌いでしたから」
――なぜ、そんなに嫌いだったんですか。
「高校時代に自動車学校に通おうと思ったら、家の周りに記者がずっといたんですよ。なんや、これ! って。自分の行動が制限される。まだ高校生だよ。それで自動車学校に行けなくなっちゃって、免許を取れなかった。もう、それがトラウマ。出掛けられないし、遊びにも行けない。記者、大っ嫌い」
 そう言って、私に笑顔を向けた。
――とはいえ、ノーヒットノーランの後、取材攻勢だったのでは?
「もう逃げられないもんね。普通に答えていましたよ。しょうがない、毎日同じことを言っていました。ちゃんと話したのは、知っているでしょ、マッさん(中日スポーツの増田護)だけ。あとは一切しゃべっていない。嫌いでした。めちゃくちゃ嫌いでした」
 マスコミ嫌いの源流は高校時代にあった。

「正座してろ!」星野仙一に怒鳴られた日

 近藤に対するファンの期待度は一気に増していく。プロ2戦目の広島戦は6回3分の2を投げて2失点で勝ち投手。3戦目の阪神戦も圧巻だった。岡田彰布にセンター前へポテンヒットを打たれただけの1安打完封勝利。98球で試合を終えた。

「なんでヒット打たれるんや」

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 それでもヤジが聞こえてきた。

 だが、近藤にはずっと追い求めているものがあった。ノーヒットノーランを成し遂げたときの、あのフォーム。絶妙な「間」ができない。以降も、あの感覚をずっと探求してきた。同じ投げ方をしているのに、フィーリングが微妙に違う。もう二度と出来なかった。

【次ページ】 増えた親戚、紅白の審査員に…変わった人生

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