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『ウマ娘』は有馬記念でのオグリキャップ“伝説のフィナーレ”をどう描いたか? 制作陣の情熱が生んだ「オグリだけのストーリー」 

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屋城敦

屋城敦Atsushi Yashiro

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photograph byCygames, Inc./KYODO

posted2021/12/24 17:05

『ウマ娘』は有馬記念でのオグリキャップ“伝説のフィナーレ”をどう描いたか? 制作陣の情熱が生んだ「オグリだけのストーリー」<Number Web> photograph by Cygames, Inc./KYODO

(左)『ウマ娘』のオグリキャップ(右)1988年の有馬記念を制した際のオグリキャップ

ファンに愛された“アイドル”のフィナーレはどう描かれたか?

 待ちに待ったライバル対決となる、最後の有馬記念を前にオグリキャップはこう語る。「勝ってみんなに、喜んでほしい。私を応援してよかったと、みんなに思ってもらえる走りをしたい」。

 史実において、当時のオグリキャップ人気はすさまじいものがあった。テレビで24時間密着取材が報道されたり(そのせいでオグリキャップの競走生命も絶たれそうになったのだが)、ぬいぐるみが作られ自家用車の後部座席の上に飾るのが流行ったりと、競馬という枠を超えて国民に愛される存在だったのだ。

 最後の有馬記念直前のイベントで、オグリキャップが観客からの声援に包まれるシーンが登場するが、当時はそれどころではない盛り上がり方をしていた。筆者はテレビでその光景を観ていたのだが、子ども心に「すごい人気だな」と感じたのを覚えている。

 しかしその時、オグリキャップの状態は決して良好とは言えなかった。前々走の天皇賞・秋は6着、前走のジャパンカップは11着と大敗し、むしろ「オグリはもう終わった」という声も少なからず上がっていたほどだ。

『ウマ娘』制作陣の情熱が生んだ“オグリだけのストーリー”

 そんな中、オグリキャップは勝利を収める。もちろん厩舎スタッフや武豊騎手の不断の努力あっての賜物ではあるが、ファンの声援が後押ししたとしか思えないような見事な復活劇だった。他のウマ娘たちのシナリオは、ライバルたちやトレーナー(プレイヤー)との関係性を軸に進むものが多いが、オグリキャップのそれはライバルの存在はありつつも、このように“ファン”の描写が数多く盛り込まれている。それこそがオグリキャップの魅力であり、『ウマ娘』のスタッフが伝えたかったものでもあるのだろう。

 ゲームでは、ファンからの声援とともに粋な“隠し実況”も用意されている。それは1990年の有馬記念、テレビ中継で実況を務めたフジテレビ大川和彦アナウンサーの“絶況”で、「右手を上げた武豊! オグリ1着! オグリ1着! 見事に引退レース、引退の花道を飾りました! スーパーホースです! オグリキャップです!」というフレーズが、形を変えて取り上げられている。なお、「右手を上げた」とあるが、実際に上げたのは左手だったというのも有名な話である……。

『ウマ娘』が教えてくれる競馬の魅力

 かわいいキャラクターとわかりやすいストーリー。ゲームやアニメというメディアが作り出す付加価値とその“軽さ”で、『ウマ娘』は多くのファンを獲得してきた。その中から、競馬の応援スタイルを変革していくファンが次々と生まれているのは刮目すべき出来事である。馬券の勝ち負けに関係なく競走馬を応援できる心。それはラグビーのワールドカップや東京五輪で日本が世界から賞賛された応援スタイルに通じるものかもしれない。オグリキャップの有馬記念をはじめ、『ウマ娘』は競馬の魅力を改めて教えてくれる。日々発見である。

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