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「ボブ・サップのパンチがうなりをあげて…」王者アーネスト・ホーストがパワーに屈した衝撃《カメラマンが見た名勝負・2002年10月》
text by
長尾迪Susumu Nagao
photograph bySusumu Nagao
posted2021/10/21 11:02
2002年10月5日K-1 WORLD GP1回戦にて対戦したアーネスト・ホーストとボブ・サップ。“精密機械”とパワーの対決に、多くの注目が集まった
ホーストの瞼からは深い傷による出血が…
だが、格闘技はそう上手くはゆかない。この試合はサップがプロデビューして、僅か半年での試合。格闘技で生き残るという、ハングリーさが彼にはあった。体格差を生かして距離を詰め、ガードの上からであろうが、なりふり構わずに大振りなパンチを打ち続け、ダウンを奪う。ホーストの瞼からは深い傷による出血があり、ドクターチェックを受ける。試合が再開すると、勝負どころだと考えたサップは一気にラッシュをかけて、ホーストが2度目のダウン。ホーストが立ち上がり、再度ラッシュを受けたところでラウンド終了のゴングが鳴った。そして、インターバル中にホーストの傷口を確認したドクターは、試合を止めた。
「剛よく柔を断つ」
どんな技術を以てしても、体の大きな者には勝てないという、普遍の事実が明らかになった瞬間だった。
2人の物語はこれで完結したかに見えた。しかしながら運命のいたずらか、わずか2カ月後には、両者は再び拳を交えることになった。12月のグランプリ決勝は8名によるワンデイトーナメントだが、出場辞退者が出たことにより、リザーバーのホーストが出場することになったのだ。
東京ドームに7万人を超える観衆を集めたこの大会で、サップはホーストを返り討ちにするが、拳の骨折により準決勝を棄権した。大会規定により、負け残りのホーストが、サップの代わりに準決勝へ出場。準決勝、決勝と勝ち進んだホーストが、何と史上最多の4度目のグランプリ王者になったのだ。
ホースト「NO、私は5タイムズチャンピオンだ!」の真意
私は長らくK-1のオフィシャルとして、主にスタジオ撮影を担当していた。そのため、必然的に選手とコミュニケーションをとる機会が多かった。ホーストとは無論、長い付き合いだ。彼はオランダ出身ながら流暢な英語を話すインテリで、感情を表に出すこともない。ファイターらしからぬ、穏やかな紳士である。2003年の春、前年度の王者の証しとして、ベルト姿のホーストを撮影した。私はホーストに、4タイムズチャンピオンだからと、指を4本立てた写真をリクエストした。しかし、ホーストは指が5本のポーズをしてきた。私は「4本だ」と何度か伝えたが、ホーストはそのポーズを変えなかった。仕方なく私は撮影を中断して、ホーストに伝えた。
「アーネスト、指は4本だ」
私がホーストの目の前に4本の指を見せると、彼は珍しくムッとした感じで、こう言ったのだ。
「NO、私は5タイムズチャンピオンだ!」
そして、「私は過ぎたことや死んだ人のことを言うのは大嫌いなのだが」と前置きしたうえで、
「1996年のグランプリを覚えているかい? 準優勝で私はアンディ・フグと対戦した。あの試合は再延長で私が負けたことになっているが、誰がどう見ても私の勝ちは明らかだ。亡くなったアンディには何の罪もないけど、試合の判定には納得していない」
「決勝戦の相手は疲労困憊のマイク・ベルナルド。立っているのがやっとのマイクには、誰が戦っても勝てただろう。だから私の中では、あのグランプリのチャンピオンは私だ。それを含めたら、私は5タイムズチャンピオンになる」
私はアーネスト・ホーストが勝ち続けている理由が、そのときわかったような気がした。K-1の選手の中では、決して体格的には恵まれていないホーストだが、精密機械のように冷静沈着でいながら、彼は強烈な自我とプライドによって、大きな相手と恐れることなく闘ってきたのだと。