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「ボブ・サップのパンチがうなりをあげて…」王者アーネスト・ホーストがパワーに屈した衝撃《カメラマンが見た名勝負・2002年10月》

posted2021/10/21 11:02

 
「ボブ・サップのパンチがうなりをあげて…」王者アーネスト・ホーストがパワーに屈した衝撃《カメラマンが見た名勝負・2002年10月》<Number Web> photograph by Susumu Nagao

2002年10月5日K-1 WORLD GP1回戦にて対戦したアーネスト・ホーストとボブ・サップ。“精密機械”とパワーの対決に、多くの注目が集まった

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長尾迪

長尾迪Susumu Nagao

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Susumu Nagao

19年前、2002年10月に初対戦となったアーネスト・ホーストとボブ・サップ。格闘技界のスターと“野獣”の邂逅を間近で目撃したカメラマンの長尾迪氏が、自身の写真とともにその“衝撃”を振り返る。

「柔能制剛(柔よく剛を制す)」「小よく大を制す」とは、体の小さい人が相手の力を利用して大きい人に勝つ、という老子思想に由来する言葉。その思想は、講道館柔道の創始者である嘉納治五郎にも影響を与え、柔道の極意にもなったともいわれる。体格の劣る者が大きい相手を打ち負かすことは、格闘技の醍醐味であり、ロマンでもある。柔道はもともと無差別級で競われていたし、相撲はいまでも無差別級。初期のUFCやK-1も、細かな体重による階級分けは存在しなかった。

 ボブ・サップは2002年4月、PRIDEで豪快なデビューを果たす。身長2m、体重160kgの巨体で、パワーと野性味溢れるファイトでTKO勝ちし、強烈なインパクトと存在感を示した。その後も彼の勢いは止まらず、反則負けや惜敗はあったが、勝敗よりも印象に残るのはファイトスタイルとその肉体だった。

 アーネスト・ホーストは、1993年の第1回K-1 GPで準優勝。100kgを優に超えるK-1選手の中では、明らかに体が小さい選手だ。しかし、精密機械のような突出した技術の高さから『ミスターパーフェクト』と呼ばれていた。3度のグランプリの優勝経験を持つ彼は、紛れもない本物の王者だった。

 両者の試合は、2002年10月5日K-1 WORLD GPの1回戦で組まれた。剛柔対決として注目度も高く、負けたら12月の東京ドームへ出場することはできない。下馬評では、経験に勝るホーストが圧倒的に有利で、彼にとっては絶対に落とせない試合だった。

ゴングの瞬間、サップのパンチの連打、連打、連打

 試合直前、両選手がリング中央に呼ばれ、レフェリーによるルールの確認や注意事項のチェックを受ける。ファインダー越しに見ると、両者の体格差は想像以上にある。身長ではなく、体の厚みや横幅が明らかに違っているのだ。私の頭には「ホーストが少し苦戦するかも……」という思いがよぎった。

 開始のゴングが鳴ると、すぐにサップが突進し、パンチの連打、連打、連打。すべてのパンチをフルパワー、フルスピードで打ち下ろす。ホーストはバックステップを使いながら距離を取ろうとするが、サップの突進を止めることができない。

 私のすぐ目の前で、サップのパンチがうなりをあげている。その迫力に思わず、私は身体を引いてしまった。リングサイドでの撮影は、エプロン(ロープとリングの間にある20cmのすき間)に肘をつけ、上半身を前に倒し、のぞき込むように接近して撮影する。ごくまれに、選手がロープとロープの間から飛び出してくることがあるが、ヘビー級の試合ではほとんどない。しかし、このときは私に迫ってきたサップのスピードと圧力で、反射的に身体が反応したのである。

「ああ、リングサイドカメラマンとして何たる失態……」

 試合直後の猛攻をしのいだホーストは、ローキックを中心に主導権を握り始める。上下にパンチを打ち分け、相手の防御が上半身に集中したところへ、鞭のようなローキックをしなやかに連打。ピッシ、ピッシと痛みが伝わる蹴りを放つ。

 サップは露骨に表情を歪め、弱々しくなってゆく。ホーストのローキックに合わせて、会場の観客のボルテージが上がる。ここから先、ホーストはどうやって仕留めにいくのか。ともかく、私はその瞬間を撮ることに集中した。

【次ページ】 ホーストの瞼からは深い傷による出血が…

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