野球クロスロードBACK NUMBER
「あんな負け方を…」金足農戦の敗北から3年、近江の監督と選手が明かす“サヨナラ2ランスクイズ”への本音と“悪夢”が消えた瞬間
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byKYODO
posted2021/08/27 17:06
8月26日の甲子園準々決勝、近江-神戸国際大付にて、サヨナラの生還を果たした近江の明石
9回。近江の2番手でエースの岩佐直哉が、テンポよく2死を奪ってから突如乱れた。四球、3連打、四球で、瞬く間に2点差とされ、この試合の先発で、再びマウンドに上がった山田陽翔も相手打線の勢いを止められず、土壇場で振り出しに戻されてしまう。
「『4点あれば大丈夫だ』と思っていたんですけど……」
指揮官の落胆をよそに、選手たちの士気は下がっていなかった。ベンチで檄が飛び交う。
「まだ全然負けてへんぞ! ここで点取れば勝ちや。これが後攻の強みや!」
近江の“悪夢”が消え去った瞬間
そう、あの時とは違う。「守れば勝ち」ではなく「攻めれば勝つ」。これが、今年の準々決勝第4試合の近江なのである。
1死後、明石が死球で出塁する。18年の屈辱を目の当たりにし、4回に好走塁を見せた身長163cmの小兵選手は、監督から「お前は走塁でチームを引っ張っていけ」と信頼を寄せられていた。
一塁ベースに到達した時点で、明石の脳裏にはビジョンがはっきり浮かんでいたという。
「春山が絶対に打ってくれる。外野の間を抜けたら必ずホームまで還ってくる」
続く春山もまた、役割を理解していた。
「俺のウリは逆方向のバッティングだ。とにかく後ろに繋ぐことだけを考えよう」
2ボールからの3球目。明石がスタートを切り、春山が真ん中やや高めのストレートに体を開きながらバットをおっつける。打球はやや詰まりながらも、右中間で跳ねた。
打球は外野の間を抜けていなかった。しかし、ランエンドヒットでトップスピードに乗る明石は迷わず三塁ベースを蹴り、勢いよく頭からホームベースに突っ込んだ。
タイミングはきわどい。主審の両腕が動く。水平に、力強く広がっていた。
金足農の写し鏡のようなサヨナラ劇。近江の悪夢が消え去った瞬間だった。
新野の一発とサヨナラ勝ち。試合を象徴するシーンで正夢を実現させた指揮官は、終始「まさか」と繰り返し、夢見心地に浸った。
「9回にあんな形になるとは。春山がジャンケンで勝ってくれて後攻を取ってくれたのが、本当に大きかった。こんな劇的なゲームになるなんて……本当に恐れ入りました」
金足農戦での屈辱を乗り越えて。
リベンジは完遂させた。
20年ぶりのベスト4。滋賀県勢初の日本一へ、視界は開けた。