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伊藤美誠のコーチ松崎太佑の証言「中国は少し想像を超える強さ」収穫は急増する各国の“美誠対策”に打ち勝てたこと
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byAsami Enomoto/JMPA
posted2021/08/28 11:04
シングルス、団体では中国の厚い壁に阻まれた伊藤美誠。松崎コーチ(左)は11月の世界選手権へ向けた対策を語った
――最終的に0-4で敗れましたが、この結果をどのように捉えていましたか。
「たぶん、美誠がこれまで積み重ねてきたものをすべて100%出し切ることができたら勝てたと思うんです。でも、孫選手はそれを出させない戦術を考えてきて、美誠は20%程度の力しか発揮できなかった。孫選手にうまくプレーされて、力を出させてもらえませんでした。これを乗り越えて勝てるようにならないといけませんが、今の総合力では勝つチャンスは以前よりも減ったかなと感じています」
――それは中国人選手との差が開いたということでしょうか。
「単純な基礎レベルの実力は以前より縮まっています。ただ、以前孫選手はシングルスで強い球で押し切って勝つ卓球をしていたんですが、今回は頭を使う卓球をしてくるようになり、幅が広がっていましたね。基礎レベルだけの力関係ではなく、その状況に応じて考えてプレーしたり、いろんな引き出しが必要とされる総合力の勝負になってきている。その総合力の差が中国人選手と美誠との間で少し広がってきていると思います」
――銅メダル獲得後、伊藤選手は「嬉しいが1%で悔しいが99%」と記者会見で述べていました。
「シングルスの試合後、僕も同じタイミングで記者さんから質問を受けていて、『たぶん美誠は嬉しいが30%ぐらいで悔しいが70%でしょう』と答えたんです。あとから美誠の話を聞いて、悔しさがかなり上を行っていたなと驚きました。ただ、僕と美誠はいいことも悪いことも1日寝ると切り替えられるタイプなので、団体戦でシングルスのことを引きずることはなかったですね」
――団体戦ではもっと戦えるという自信があったのですか。
「もともと美誠は団体戦が好きなので、シングルス、団体戦の順番でよかったと思います。僕は団体戦でベンチに入れないので、いつもスタンドから見ているのですが、チームW杯や世界選手権での団体戦も、美誠はすごく安心感があるというか勝つことに集中できていました。もちろんシングルスも勝つことに集中しているんですが、完璧主義者なので、勝つことよりも完璧さを出すことが目標になってしまうことがあるんです。そういう意味で私も団体戦は楽しみでした」
「完成度が飛躍的に高くなっていた」
――団体戦の決勝は中国との戦いに。2試合目に出場した伊藤選手の対戦相手はシングルスの時と同じ孫選手でしたが、どのあたりに勝算があると考えていましたか。
「練習がよく出来ていましたし、中国戦までの内容も良かった。シングルスの時と比べると美誠の調子が上がっていたのは間違いないです。ただ、僕の弟が美誠の練習パートナーを務めていたんですが、『次、孫選手に当たって勝つ確率どのくらいだと思う?』と聞いたんです。弟は物事を冷静に客観視できるタイプ。その弟が『2、3%くらいじゃない?』と真顔で言っていたし、シングルスでの負け方を見ると正直、今回もかなり難しいと思っていました」
――それほど孫選手は強かったということでしょうか。
「昨年、東京五輪が開催されていたら、孫選手はそれまでの自分のスタイルで勝負してきたと思うんです。僕たちはそのスタイルに慣れてきていたので勝てる可能性があった。それでも20~30%あるかないかという感じでしたけれど。でも、今回は孫選手のもともとのスタイルに加え、『美誠対策』で変化をつけたりプレーの幅をかなり広げてきていた。もちろん、シングルスが終わって、そこを意識しながら練習をしたんですが、容易に対応することはできなかった。少し想像を超える強さを感じましたね」
――孫選手とは、昨年のW杯中国大会で対戦し、多少は分析出来ていたと思いますが、その当時よりもさらにレベルが上がっていたということですか。
「もともととても攻撃的な選手ですが、中国でのW杯ですでに美誠に打たせてミスを誘うプレーをしていて、孫選手らしくないなと思っていたんです。ただ、当時のレベルは、次に対戦したら美誠が勝てるだろうなという程度の完成度でした。東京五輪でシングルスでの対戦が決まった時、美誠も僕も、孫選手はおそらくW杯のときのように相手に打たせてミスを誘い、自分のミスを減らす卓球をしてくると思っていました。実際、その通りでしたが、完成度が飛躍的に高くなっていました」