卓球PRESSBACK NUMBER
伊藤美誠のコーチ松崎太佑の証言「中国は少し想像を超える強さ」収穫は急増する各国の“美誠対策”に打ち勝てたこと
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byAsami Enomoto/JMPA
posted2021/08/28 11:04
シングルス、団体では中国の厚い壁に阻まれた伊藤美誠。松崎コーチ(左)は11月の世界選手権へ向けた対策を語った
――1ゲーム目、8-6とリードしながら失ったのは大きかったですね。
「試合の行方を左右する大きなゲームでした。美誠が3本レシーブミスをしていても8-6でリードできていたので、もったいなかったですね。このゲームを取れていたら勝つチャンスが広がったと思います。1ゲーム目を取れば孫選手は2ゲーム目から自分のスタイルを出してきたと思うんです。そこで美誠が対応すると、次の3ゲーム目をどうしようかと悩みます。そういう展開にできれば理想的だったんですが……」
――0-2になった後、3ゲーム目は伊藤選手が取り返しました。
「団体戦での孫選手は、シングルスの時と同じ戦い方で最初の3ゲームまで戦ってきました。でも、3ゲーム目は美誠が相手の攻撃に慣れてきて、取ることができた。ただ、そこから中国が戦術をガラリと変え、4ゲーム目はそれまでと異なり、孫選手ももともとのスタイルに戻してきました。いろんな卓球をしてくるので、美誠は対応が後手になり、勝つチャンスがどんどん減っていった。そういう幅の広さを持たせながら選手を成長させてくるので、中国はすごいなと改めて感じました」
――世界選手権や五輪では中国は負けないと言われていますが、卓球大国の底力を見せられたという感じでしょうか。
「昨年は、中国の背中が近づいてきたなと思っていたんですが、“また離れたな”と実感しています。でも、中国との戦いは、その繰り返しです。僕はその方が面白いと思っていますし、やりがいがありますね」
――今後どのような強化をしていけば中国との差を詰められると考えていますか。
「できないことをなくす。さらに総合力を上げていかないと中国人選手に勝てません。満遍なくすべての力を上げていくのは難しいことです。それは、ひとつのことに特化して、一気に上げていくことを得意としている美誠の苦手なことでもある。ただ、その苦手なことに積極的に取り組んでいくしか道はないですね」
銅メダル狙いの“美誠対策”?
――伊藤選手は3種目すべてでメダルを獲得しました。この大会の収穫は。
「3つのメダルを獲れたのは良かったですが、僕が一番良かったなと思えたのは、中国人選手以外の他国のエースとの対戦で負けなかったことです。海外の選手を見ていると中国に勝つことを少し諦めているなと感じるところがあって、シングルスでも金や銀ではなく、銅を狙って来ている。そのために他の海外の選手も、中国ではなく美誠対策をしてきているとすごく感じました。台湾の鄭怡静選手、香港の杜凱琴選手、それにシンガポールのユー・モンユ選手も、以前に対戦した時とは違う戦術で、中国人選手のやり方を参考にしていました。ただ、美誠はその相手、全員に勝つことができた。それは収穫だったと思います」
――課題はやはり中国人選手に勝てなかったことでしょうか。
「相当高い山ですね。団体戦に出場した陳夢選手、孫穎莎選手、王曼昱選手は、中国の中でも抜けている存在ですし、東京五輪での経験を経て、さらに実力が上がっていくでしょう。ただ、美誠も中国人選手以外の海外の選手には負けない自信を得たと思うので、これからは(中国の)3人を意識した練習を入れていってもいいかなと考えています。そうしなければ、中国人選手に勝つのは難しい。11月の世界選手権(アメリカ)では、彼女たちにターゲットを絞って練習し、五輪の反省点を活かしながら一つでも上をいけるようにしていきたいですね」
――松崎さんにとっても2度目の経験となった東京五輪はどんな大会になりましたか。
「リオ五輪の時は、オリンピックが初めてというのもあって楽しめたんですが、今回はあまり楽しめなかったですね(苦笑)。美誠が結果を求められる選手になっていたので、楽しむというよりも“勝たせたい”“最低でもメダルに”という気持ちでいたので、勝負に集中していました。実際、ミックス(混合)ダブルスと団体戦の時は相手の分析に集中してほとんど寝る時間がなく、シングルスの時も3時間ぐらいしか寝られなかったんです(苦笑)。
オリンピックということをあまり実感することなく、アッという間に終わりました。美誠は少しオフを楽しんでいますけど、僕は練習再開に向けてどんな練習をしていけばいいのか、動画などを見ながら考えています。中国人選手をどうしたら倒せるか、それを考えることはとても楽しいので(笑)」
仕事も趣味も卓球で、オフの時間も卓球の動画を延々と見続ける。そういう中から中国人選手を倒すための策を巡らせ、伊藤とともに練習メニューを考えていく。話を聞いていると、伊藤の実力をさらに上げ、中国人選手攻略についてすでに考えているものがありそうで、その表情はなんだか楽しそうだ。
シングルスで銅メダルを獲得し、頂上まではあと2つ。「いつでも、どんな相手にも常に勝ちたい」という伊藤の大きな目標に向け、これからも共闘はつづく。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。