濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
中学生選手にデスマッチ、2試合ぶっ続け40分の王座戦...「お前らのせいでプロレスがダメになる」と言われたアイスリボンが覆した常識とは
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2021/08/26 11:02
8月9日、アイスリボン旗揚げ15周年のビッグマッチとなった横浜武道館大会。メインでは、藤本つかさと松本浩代が激突した。
旗揚げ15周年の記念大会で2試合連続のタイトルマッチを乗り切り、松本浩代に勝つ。ケタ外れの連戦で、藤本とアイスリボンは異端でありつつどこにも負けないプロレスを見せた。もはや十字架の重さなど誰も感じることはない。藤本はこのタイトルマッチ2連戦で、プロレスの醍醐味を凝縮して提示したと言ってもいいだろう。彼女は敗北を味わい、その直後に立ち上がって栄光を掴んだのだ。
それでも藤本は試合後に「悔しい!」と叫んだ。タッグ王座を奪われた悔しさを、何よりも先に訴えたのだ。それもまた、彼女にとってのリアルな感情だった。その一方で、松本浩代はすでに“因縁の敵”ではなくなっていた。
「本当に大嫌いで、あの人を見返したくてプロレスを続ける選択をしたようなもの。そういう意味では感謝ですね。(これからも頑張るために)ずっと嫌いでいたかったのに。でも女子プロレスは最高です」
藤本「女子プロレスは感情のぶつかり合いが一番」
女子プロレスは最高。それが、人を見返す必要のなくなった藤本つかさがリングに上がる理由だ。なぜ“プロレス”ではなく“女子プロレス”なのか。あえて“女子”とつけることで“男子ではない”こと、つまり見劣りすることが強調されるのではないかという声もあるとした上で、藤本は言った。
「女子プロレスは感情のぶつかり合いが一番。感情のぶつかり合いこそが最高だし、感情移入されるプロレスラーが最強。だから女子プロレスが最高だし大好きです」
観客と感情を共有するためには、すべての感情をありのままに見せなくてはいけない。取り繕っている人間は感情移入されない。試合に納得がいかず控室で泣いている選手がいると、藤本は「もったいないからお客さんの前で泣きなさい」と言うそうだ。歓喜も絶望も怒りも嫉妬も全開放、自己主張はしないほうがおかしい。この世界では、黙ってニコニコしていては何も起こらない。
「人を殴る時って腰を入れるんですよ。プロレスの練習をするまで知らなかったです。人を殴ったことがなかったから」
デビュー当時、そう言っていたのは石川奈青。“感情のぶつかり合い”も同じなのかもしれない。女子プロレスは最高だという藤本は、同時に最高の女子プロレスを見せた。プロレスは超人の世界だという常識をひっくり返したアイスリボンは、しかし藤本つかさという超人を生み出したのだと言える。女子プロレスだから、アイスリボンだからそれができた。
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