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物理の授業は英語、大学レベルの実験の日々…堀池巧らOBが驚く清水東「理数科の10番」、古豪復活を託された秀才高校生の決断とは
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byTakahito Ando
posted2021/06/24 11:02
全国の切符をかけたインターハイ静岡県予選決勝で静岡学園に挑んだ清水東
今回のインターハイ予選準優勝の中心にいたのは、同校の理数科クラスに籍を置くMF佐野健友(3年)だ。現在、大学生の指導にあたる堀池氏はその驚きをこう語る。
「正直、エースが理数科の生徒だと聞いて驚いた。僕らの時のサッカー部の同期に理数科から東京大に進んだ仲間もいましたが、そういった選手は夏で部を辞めている。清水東サッカー部から着実に人材は育っていると思う」
清水東の理数科は、県どころか全国的に見てもトップレベルの学力を誇る生徒がそろう秀才集団。1クラス、40人程度と定められており、理数科を希望しても簡単には入れない狭き門である。2004年度には文部科学省から「スーパーサイエンスハイスクール(以下、SSH)」に指定。本来であれば5年ごとの指定になるが、清水東は4期連続でその指定を受け続ける稀有な学校でもある。
その凄さをもう少し解説する。理数科では物理、化学、生物ともに外国人教師が英語で授業を行い、大学で研究するような高いレベルの実験を日々こなしている。さらに修学旅行先には米国の理系トップの大学として知られるマサチューセッツ工科大の見学・交流も組み込まれているという。
これだけ高いレベルの授業をこなすのだから、当然、普通科の生徒よりも授業のコマは多い。練習に途中参加することもざら。これまでもサッカー部に理数科の選手は在籍したが、「トップチームに関わるような選手はほとんどいなかった」(渡邊監督)という状況だった。
その中で佐野は2年生でレギュラーの座を掴み、最上級生となった今年から内田らが背負った10番を理数科の生徒としては初めて託された。渡邊監督も「彼はいつ勉強しているのかなと思う。(サッカーでも)インテリジェンスが頭抜けていて、プレー中もピッチ全体が見えているし、相手の状況を見て駆け引きできて技術も高い」と舌を巻いている。
そんな佐野に入学の経緯から話を聞くことができた。
ハンデだと思ったら、自分が望む姿にはなれない
「インハイ決勝(17年度)で静岡学園と激闘を見せた先輩たちに感動しました。それにサッカーか、勉強か、という選択でどちらかを諦めるのはもったいない。両方をとことん頑張るというのも大事なことではないかと思えたので、清水東に決めました」
清水東サッカー部で3年間を過ごした兄の姿も決め手の1つになったという。
しかし、理数科の授業は佐野にとってもハイレベルだった。理数科の先輩たちが途中で勉強にシフトしていく姿も目の当たりにした上、練習にフルに参加できないことで「やっぱり理数科は不利なのか」と思うこともあった。それでも佐野の心は揺らがなかった。
「勉強がハンデだと思った時点で、自分が望む姿にはなれない。どうやったら両方できるかを常に考えて、勉強する時間とトレーニングする時間を捻出し、自分に適した勉強法、トレーニング法を考えながらやっていくようにしたんです」
勉強面では目標である筑波大学進学に向けて着実に知を養い、サッカー面ではフィジカルと戦術眼を向上させる。どちらも諦めなかったことで、チームに攻撃リズムを生み出す必要不可欠な存在にまで成長した。
「理数科のみんなはこの時期から受験に向けてスイッチが入るので、部活を続けづらい空気はあります。でも決勝まで進み、あの試合をできたことで両親や担任の先生、クラスメイトも『最後まで頑張れ』と声をかけてくれた。みんなの想いに応えたいし、絶対にリベンジをしたいと思っています」
インターハイ予選を勝ち進んでいったことでチームは団結。自ずと佐野の心も部活継続へ傾き、決勝で敗れた瞬間には「選手権予選で静岡学園を倒して、全国へ行く」という決意が固まった。