“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
物理の授業は英語、大学レベルの実験の日々…堀池巧らOBが驚く清水東「理数科の10番」、古豪復活を託された秀才高校生の決断とは
posted2021/06/24 11:02
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph by
Takahito Ando
6月6日、全国高校サッカーインターハイ静岡県予選決勝。古豪・清水東が一昨年度の選手権王者・静岡学園に挑んだ。
しかし、延長戦までもつれる3-3の壮絶な打ち合いの末、PK戦で惜しくも敗戦。実に29年ぶりの全国大会出場まであと一歩届かなかったが、タレント揃いの静岡学園に一時は3-1のリードを奪った戦いぶりは多くのオールドファンの心を揺さぶるものであった。
静岡県立清水東高校といえば、高校サッカー界でその名を知らない者はいないほどの名門校だ。1972年度のインターハイで初めて全国優勝を果たすと、その後はインターハイ優勝4回、選手権優勝1回・準優勝3回という輝かしい成績を残している。
OBも華やかで長澤和明(元日本代表、女優・長澤まさみの父)、大木武(ロアッソ熊本監督)、反町康治(日本サッカー協会技術委員長)、大榎克己(清水エスパルス強化部長)、長谷川健太(FC東京監督)、堀池巧(順天堂大学蹴球部監督)、武田修宏(タレント)、野々村芳和(北海道コンサドーレ札幌社長)、栗田大輔(明治大学サッカー部監督)と錚々たる顔ぶれが並ぶ。
さらに斉藤俊秀(日本代表コーチ)、相馬直樹(鹿島アントラーズ監督)、西澤明訓(セレッソ大阪アンバサダーなど)、高原直泰(沖縄SV代表兼選手)、内田篤人(世代別日本代表ロールモデルコーチなど)と、W杯戦士を5人も輩出。ちなみに第2種(高校生)で見ると、最多の数字である。
だが、その栄華を誇ったのは、もう20年以上前の話だ。
最後の“全国”は92年のインターハイ
清水東が最後に全国制覇したのは、現在日本代表でコーチを務める斉藤俊秀らを擁した1991年度の静岡インターハイ(東海大一との大会史上初の同県決勝対決)。全国大会への出場は翌92年のインターハイを最後に終わっており、高原や内田を擁した世代でもその壁を突破できなかった。特に近年は静岡学園、清水桜が丘(旧・清水商業)、藤枝東といった伝統校以外にも、浜松開誠館、藤枝明誠、常葉大橘と私立勢が頭角を現したことで、よりその壁は分厚くなっている。
清水東サッカー部の低迷の1つの理由となるのが、その“高すぎる学力”が挙げられる。