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【世界一危険な格闘技】デビュー戦で顔ボコボコ…元ホームレスの“ハンカチ世代”格闘家がミャンマーに学校を建てた話
text by
占部哲也(東京中日スポーツ)Tetsuya Urabe
photograph byTetsuya Urabe
posted2021/06/15 06:00
7月22日の試合に向けて調整を続ける渡慶次幸平。骨折を繰り返した右拳の握力は一桁ぐらいしかないという
デビューから1年半後の2018年12月。ミャンマーで開催されたビッグマッチに招かれ、「引退リミット」だった30歳で75kg級王者に上り詰めた。翌日、ヤンゴン郊外にある奥地の学校訪問に参加し、人生の転機となる光景を目に焼き付けた。
「村には1個しか売店がない。学校には壁がなくて、雨水で床は腐っていた。目や表情は自分の子どもと一緒なのに、『何になりたいの』と聞くと将来の夢を語ることができなかった。例えば竹を切る、コイのえさを売るとか親の仕事を継ぐだけ。ケーキ屋さんになりたい。警察官になりたいとか……日本では当たり前のことがない。でも、誰も手をつけない。誰もやらない。放置されていた」
家族を食べさせるために売春をせざるを得ない少女もいた。前夜、リングで殴られた頭に新たな衝撃が加わった。
「チャンピオンになった直後で、やりたいことやって食えるのは楽しいと感じていた。ラウェイに感謝もしていた時に、目の前に困った子どもがいる。『おかしい。こんなの』って思って。誰もやらないならオレがやるって決めた」
王者は胸の奥深くに誓いを立てた。
無計画だった少年が学校を建設
日本で言えば外国人横綱が、忘れ去られた田舎の学校を訪問したということになる。現地で報道されると反響を呼んだ。
「『こんなところに学校があったのか』と支援の輪が広がり、学校が改修されました」
そして、渡慶次が建設費用を聞くと「200万円」という答えが返ってきた。個人スポンサーで「食える」プロになった渡慶次は、翌19年のファイトマネー全額を学校建設に使うと決めた。大金をつかむためだけに使っていた拳は、子どもたちに人生の選択肢と希望を与える拳に変わった。
だが、2019年の初戦で大切な右拳を骨折。それでも、けがを隠して5戦(3勝1分け1敗)を戦い抜いた。クレイジーな格闘家にテレビ局から声がかかる。年末年始に2回、全国放送された。「クラウドファンディングも同時に走らせれば視聴者の受け皿にもなる」と計算した。運用は計画的に。もう無計画な渡慶次“少年”はいなかった。
クラウドファンディングとファイトマネー、テレビ出演料も含めて500万円を用意。1年前の誓いを守った。2020年には、ミャンマーの田舎に2校を開校した。