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【世界一危険な格闘技】デビュー戦で顔ボコボコ…元ホームレスの“ハンカチ世代”格闘家がミャンマーに学校を建てた話
text by
占部哲也(東京中日スポーツ)Tetsuya Urabe
photograph byTetsuya Urabe
posted2021/06/15 06:00
7月22日の試合に向けて調整を続ける渡慶次幸平。骨折を繰り返した右拳の握力は一桁ぐらいしかないという
一方、コロナ禍でラウェイの日本大会は2019年11月から開催されていない。その間、渡慶次はキックボクシングやプロレスのリングに上がった。「学校は建てたけど運営費も必要。まだ学校には行けていないけど、手ぶらじゃね」と口角を上げた後、「やっぱり闘ってないとダメ。それは殴り合うという意味じゃなくて挑戦するという意味で」と続けた。
危険で過酷なラウェイ。心身のダメージも大きい。本場のほとんどの選手は20代前半で消え、打たれない強者が20代後半まで生き残る世界だという。33歳を迎えた渡慶次は2021年限りでの引退を表明している。
「脳が大丈夫なうちに次のステージに挑戦しようと思って」
ミャンマーに職業訓練学校を建設し、個人スポンサーの会社への就業支援も考えているという。
「本当の意味での民主主義って、何かを本当に頑張れば何かになる。それを体験する子が1人でてきて、5人、10人になればそれを目指す子も増える。日本で仕事を覚えて、国に帰って独立してもいい。自分が東京出てくる時だって、長渕剛さんとか矢沢永吉さんとか裸一貫で成り上がった人たちの本を読んで奮い立った。全員が全員じゃなくていい。みんな頑張らなくて良い。
でも、本当に頑張れる子の可能性をつぶしたくない。ミャンマーの子たちもスマホを持っているんですよ。でも、フェイスブックしかしていない。うちの幼い子がユーチューブだけを見るように。教育、知識を得れば環境は変わって、人も変わる」
五輪前夜に試合が決まった
教育環境が整い、そこに意志が加われば人生の物語に光は差す。渡慶次が歩んできた道でもある。現在は国内で社会貢献活動も行い、活動を応援してくれる企業や人も増えている。渡慶次の高僧のような発言に「昔を知っている人には『明日、死ぬんじゃねーか』ってよく言われます」と笑う。
でも、根っこはファイターだ。東京五輪開幕前夜の7月22日に念願のラウェイ試合が決まった。元高校球児でハンカチ世代の格闘家は言う。
「次の試合。ふがいない試合はできない。負けたら『社会貢献ばっかしてんじゃねぇ』って言われるでしょう。それだけの立場になったし、思いも背負っている。そういう意味では野球では勝てなかったハンカチ世代と同じように、プロの舞台には立てるようになったのかなと思う」
学校建設の支援金を得るため骨折を繰り返した右拳の握力は一桁しかないという。
だが、一寸先の「光」を逃さなかった渡慶次は「きれい事を形にするため、やりたいことはたくさんある」と傷だらけの拳を握りしめる。闘うことは挑戦すること。
“戦闘記”は「おしまい」ではなく、まだまだ「つづく」。