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那須川天心「もうやりたくないです(笑)」 格闘技史上初の“1vs3マッチ”はなぜ神童の調子を狂わせたのか
posted2021/06/15 17:01
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph by
RIZIN FF Susumu Nagao
「疲れました」
「もうやりたくないです(笑)」
そんな言葉を、まさか那須川天心から聞くとは思わなかった。
6月13日の『RIZIN.28』。格闘技界にとって18年ぶりとなる東京ドーム大会で、那須川は格闘技史上初の“1vs.3マッチ”を行なった。3人の相手と1ラウンド3分間ずつ連続で闘うという特殊な形式。非公式戦ではあるが“真剣勝負”が前提だ。ルールはキックなし、パンチのみ(バックブロー、スーパーマンパンチは有効)。
なぜこんな闘いをやることになったのかといえば、通常のキックボクシングルールでの相手がいなかったからだ。
2月のRISEを終えた那須川の次戦、その第1候補はもちろん武尊との大一番だった。武尊も3月の試合でKO勝利し、対戦の機運は過去最高潮に。しかしこの試合で武尊が負傷し、本格的な交渉に至らなかった。武尊の希望である「中立の舞台」を作るところまで行かなかったわけだ。
そこで、緊急事態宣言で5月から延期になった6.13ドームへ。しかし対戦相手が決まらない。那須川がSNSでいら立ちを露わにしたこともあった。6月に入ったところで、那須川は1vs.3のプランを発表する。相手は公募。強豪もいれば売名としか思えない者もいて、その中で選ばれたのがキックボクシング53kg級トップの一角である大崎孔稀だった。
「本音を言えばちゃんとした試合がしたかった」
何本ものベルトを獲得した大崎が1ラウンドの相手を務め、2ラウンドにはK-1で活躍してきたHIROYAが登場。「X」として当日発表となった3人目は所英男だった。グラップラーとして知られる所だが、MMAでの打撃を磨くため長くボクシングの練習に取り組んでいる。
RIZINの榊原信行CEOによると、所へのオファーは一般層にも届く存在感、知名度を加味してのことだそうだ。当然の話で、これは地上波生中継があるからこその試合なのだ。那須川自身も、試合後にこんなコメントを残した。
「本音を言えばちゃんとした試合がしたかったです。これはどちらかというとテレビ向けだったのかなと。インパクトのあることをしないと視聴率も取れないですし。それは自分でも分かってます」
東京ドーム大会、地上波生中継という大舞台には那須川天心が絶対に必要だと、他ならぬ本人が理解していた。昨年7月、無観客試合に出場したことが業界への「動き出そう」というメッセージになると自覚していたのと同じだ。1vs.3マッチは、那須川天心が果たすべき役割と言ってよかった。「出ないほうがマシ」とは誰も言えない。