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「ピッチには労働者も演技者もいらない」大木武vs安間貴義、師弟対決で響いた時間稼ぎする選手への怒声
posted2021/05/13 17:01
text by
渡辺功Isao Watanabe
photograph by
J.LEAGUE
「岐阜対熊本。安間監督と大木監督、この対決も面白いんじゃないですかね」
今月1日に放送されたNHK‐BS『Jリーグタイム』での1コマだ。翌日の試合予定を紹介するなかでの、Jリーグ・ウォッチャーとして出演中の平畠啓史さんのコメントに「そうそう。さすが平ちゃん、分かってる」とばかり、テレビの前で膝を叩いた人もいたのではないか。
昨シーズンからロアッソ熊本を率いる大木武監督と、今シーズン新たに就任したFC岐阜の安間貴義監督は、かつてヴァンフォーレ甲府で、監督とコーチを務めていた間柄。こうした関係にあった者同士の対戦ならよくある話だが、このふたりの顔合わせとなると話は別。いまから15年ほど前のJリーグに、突如出現したサッカーの美しい記憶が、ほかとは違う特別な期待感をもたらすからだ。
「なんでお前は、喋らねえんだ」
2004年のJ2を7位で終えた甲府のフロントは、かつてチームの最下位脱出に手腕を発揮した大木の、翌シーズンからの監督復帰を決めていた。が、それに伴う新コーチがなかなか見つからずにいた。困った挙句、他クラブの先輩強化担当者に相談したところ「だったら、まだチームが決まっていない良い人材がいるよ」と紹介されたのが、Honda FCの監督を退任したばかりの安間だった。
現在のJ2やJ3に相当する「日本フットボールリーグ(JFL)」でMVP1度、ベストイレブンを4度受賞。「ミスターJFL」と呼ばれるほどのプレーヤーだったが、「会社の方針」により32歳で現役引退。そのまま監督に就任すると、いきなりJFL優勝に導いた若き指導者だった。
チームの始動直後こそ「(大木)武さんが、まずは1カ月間、俺のやり方を黙ってみておけと言うから、その通りジーッと見てたら『なんでお前は、喋らねえんだ』って怒られた」と、安間は思い出し笑いするのだが、互いを理解し認め合うまでに、さほど時間は掛からなかった。
「とにかく、よく選手を見ている。こちらの意図を察知して、いま何をすべきか。的確に先回りができる。サッカーに対して自分なりの哲学を持っている」と、大木が8歳年下の安間に全幅の信頼を寄せれば、安間のほうも「教科書や机上の理論をなぞるのではなく、実際に現場で起きた事柄から“拾う”ことの大切さを教わりました。強敵相手に無難にやって0対1で終わるより、0対5で負けるかもしれなくても勝てる可能性があるなら、そちらを選択する。そんなサッカー観も自分と近かった。武さんとの出会いは大きかった」と、最大級の敬意を表す。