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ビエルサの愛弟子が語るオシムとの違い 「人もボールも動く」サッカーは同じでも指導法が“真逆”なワケ
text by
赤石晋一郎Shinichiro Akaishi
photograph byGetty Images(L),BUNGEISHUNJU(R)
posted2021/04/18 06:00
共通点も多々あるビエルサ(左)とオシム
2019年、リーズがチャンピオンシップ(イングランド2部リーグ)に所属していた時代、「スパイゲート事件」という騒動が起った。対戦相手のダービー・カウンティの練習グラウンドにリーズの分析官がいたことが発覚し、ダービー側が『スパイ行為だ』と告発したのだ。このときビエルサは後に“伝説の講義”と呼ばれる記者会見を開き、「ある人たちにとっては間違っているだろうし、ある人たちにとっては間違ってない行為」と事実を認めたうえで、膨大な資料を提示し自らの分析手法を詳細に明かしたのだ。
ビエルサ「十分に準備しなければ罪悪感を覚えてしまう」
記者会見でビエルサはこう語っている。
「情報資料を作る20人の担当者がいる。しかし、その資料の全てが必要なわけではありません。それでも、作成するのはなぜか? それは、私が『十分に準備しなければ罪悪感を覚えてしまう』からなのです。私は対戦する前には全てのライバルを観察し、全てのトレーニングセッションを見ます。ダービーは今シーズンに49.9パーセントの確率で4-3-3を用いている。試合中にどのように戦術を変えていくかも理解している。そうした情報が、この資料にある。各試合に4時間の作業が必要です。なぜそんな手間暇をかけるのか? 私はそれがプロの仕事だと思うからです」
荒川は「マルセロがダービーのグラウンドに分析官を派遣しなかったとしても、彼が記者会見で見せた膨大な資料を見れば、すでに対戦相手の分析は出来ていたことがわかります。それでも追加データを集めてしまうというのが、彼の性質をよく表していると思います」と、スパイゲート事件について振り返る。
オシム「誰がやっても勝てるチームにオレが行く必要はあるか?」
2人の名将の性格の違いは、記者会見にもよく表れていた。チームの為に献身的に動く選手を「水を運ぶ」と表現したように、オシムの言葉はどこかウィットに富んでいて“哲学的”な香りが漂う。対照的にビエルサの会見で発せられる言葉は、「私は失点には7通りのパターンがあると考えています」というように飾り気のない言葉が多い。論理的に試合を分析していく様は“科学者”といった雰囲気なのである。
名誉や肩書に固執しない非世俗的なところは、2人の共通点だといえよう。ビエルサもオシムも共に自国の代表チーム監督は務めたものの、クラブシーンではメガクラブと呼ばれるチームを率いたことがない。オシムがヨーロッパで率いた主なチームはギリシャのパナシナイコス、オーストリアのシュトゥルム・グラーツなどの中堅国のチーム、そして日本のジェフ千葉などである。
「オシムにはレアル・マドリーから監督就任のオファーがあったが、本人が『誰がやっても勝てるチームにオレが行く必要はあるか?』と断ったという逸話があります。2004年にジェフ対レアルのフレンドリーマッチという奇跡のマッチメークが成されたのも、レアル側が『うちの監督オファーを断ったオシムのチームを見てやろう』という理由からだった。本気のレアルに対してジェフは接戦を演じましたが、惜しくも1-3で敗れてしまいます」(辰己)