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強豪で箱根駅伝を目指すも挫折…大学で“飲みサー”に入ったランナーが「人気ラン系YouTuber」になるまで
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byTomosuke Imai
posted2021/04/07 06:01
実は陸上の強豪高校出身で、「箱根駅伝を目指していた」という“ランチューバー”山田祐生さん
「過去、推薦で入って途中でやめた人がいなかったですし、何より親に迷惑をかけるのが嫌だったので『退部する』という選択肢は思い浮かばなかったです。通っていた高校も家から遠かったので送迎してもらっていたし、弟の分と合わせて2人分のお弁当を朝と昼で4個も作ってもらっていたりして、本当にいろいろ助けてもらっていたので」
箱根優勝校に進学するも「飲みサー」に
退部する選択肢はなかったという山田さんだが、キツい練習からどうやって逃れるかということだけを考えて過ごした部活の反動で、東京の大学に進学して、飲み会に参加し、バイトして好きな服を買うという華やかな大学生活に憧れた。高校卒業後は志望通り、東京の大学に進学。ただ陸上を完全に辞めたわけではなかった。
「陸上サークルには入っていたんですけど、練習は参加しない“飲み要員”でした(笑)。練習終りにいつも合流して飲み会だけ。一応陸上の強豪校出身ということで、部員に『走って欲しい』と声をかけられることもあったので、直前の1カ月だけ練習して少し駅伝大会にも出場してました」
――大学で「もう一度走ってみよう」とかは一度も思わなかった?
「もう高校で『競技としては諦めよう』と踏ん切りがついていたので、未練はなかったですね。箱根駅伝を走るという夢ももう消えていました」
公表されていない出身大学名を聞いてみると、箱根駅伝で総合優勝の経験も持つ強豪校で、近年も本大会出場を果たしている。ただ、山田さんは「母校が出てるとかも関係なく、箱根駅伝は見てなかった」と話す。
「大迫傑さんとか設楽兄弟とか、本当に有名な選手しか知らなくて。今は箱根駅伝を目指している学生さんと一緒に練習する機会もあったりするので、強くなるための勉強として見るようにはしているんですけど……」
こうして陸上から離れていた山田さんが再び、本格的に走り出したのは、25歳の夏だった。
初参加の富士山マラソンで優勝
――なぜ、陸上に戻ってこられたのですか?
「弟が会社の付き合いで東京マラソンに出たんですが、初マラソンを2時間58分で走っていきなりサブ3(フルマラソンを3時間以内に走り切ること)を達成したんです。それで会社の人に『すごいじゃん』と言われるようになったと弟から聞いて、それなら自分もやりたい、弟にできるなら僕にもできるんじゃないかと」
夏にスタートし、翌年3月の東北マラソンで2時間46分を出し、12月の湘南国際マラソンでは弟(2時間30分)と一緒に走り、2時間27分で2時間30分切りを達成。2時間20分切りも目指せるのではないかと考え、弟と本格的にマラソンの練習をスタートさせた。2時間20分を切ればほぼ無条件で東京マラソンに出場できるのはもちろん、営業という仕事で話のネタになるなど、何かしらのプラスになると思ったからだ。
そしてついに、2019年富士山マラソンを2時間23分で走って優勝、続けて1週間後の湘南国際マラソンでも優勝する。