マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
昨季100試合以上出場のキャッチャーは2人だけ…なぜプロ野球では“名捕手”が生まれにくくなった?
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byKYODO
posted2021/02/24 18:06
プロ野球史上歴代2位、3017試合に出場した野村克也
いい匂いのするキャッチャーだった。キャッチャーとして、すごくカッコよかった。あれから、大矢捕手ほどいい匂いを発する捕手は見たことがない。
173cm80kg……全身に「捕手」にとって必要な筋肉を過不足なくまとい、弾力満点のゴムマリのようなアクションから、低い姿勢で二塁に矢のようなスローイングで盗塁を刺す。とりわけ腕の振りは、どうしたらあのしなやかさを出せるのか。とうとう、わからないままに、私の現役生活のほうが終わってしまった。
当時、中学から高校に上がる時期だった私は、同じ捕手として、すべてをマネした。
3アウト目を三振にきってとると、大矢捕手はそのボールを「逆手(右手の甲を上に向ける)」でマウンドにサッと転がすと、マスクをかぶったまま、大股で歩いてダグアウトに戻って行った。その「所作」がなんとも堂々としてカッコよく、そっくりそのままマネたものだ。
高校時代、練習試合ではもちろんやりまくったし、夏の予選でも、三振チェンジに、鮮やかな所作で「逆手ころがし」をきめ、悠然と歩いてダグアウトに戻ったら、あとから「高校生らしくない」と審判の人から怒られた。1970年代前半、のんびりした時代ではあったが、一方で、何かと古くさく、やりにくい時代でもあった。
とりわけ大矢捕手の「構え」ほどマネしたかった所作はなかった。
しゃがんでミットを構えている姿。大矢捕手そのものが「ミット」に見えた。ネット裏から見ても、テレビのアングルが外野からになっても、構えた大矢捕手の姿は、まん丸のミットそのものだった。
これなら、ピッチャーは投げやすいだろう。だが鏡の前でしゃがんで構えて、何度やっても「捕手・大矢」にはなれなかった。
私にとっての「いい匂いのするキャッチャー」とは、そうしたキャッチャーのことだ。もう少し、私なりに噛みくだいてみると、マスク、レガース、プロテクターの装束がピタリと似合って、捕手でしか使えそうもなく、他のどのポジションも似合いそうもないくせに、捕手をやらせたら誰もが舌を巻くほど上手で、どこからともなく「野球的インテリジェンス」が漂ってくるような……つまり、捕手の格好をして生まれてきたような捕手なのだ。
広島、横浜、楽天……レギュラーではないがいいキャッチャーも
今のプロ野球でいえば、誰だろう。
昨シーズンで惜しくも引退した広島・石原慶幸などは、まさにその最右翼だった。現役の選手なら、ソフトバンク・甲斐拓也とヤクルト・中村悠平を挙げる。昨年はケガでシーズン前半を棒に振った中村の「仕切り直し」に期待したい。