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チャンピオン井岡一翔が犯したミスは2つだけ 田中恒成の「人生をかけた」試合で見せつけた“格の違い”
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2021/01/01 17:08
井岡一翔は5回に続いて6回にも田中をダウンさせ“レベルの違い”を見せつけた
「格の違いを見せつけるとずっと言い続けてきた」
田中は井岡の記録、そしていまをときめく井上尚弥(大橋=WBAスーパー・IBFバンタム級王者)の記録を抜くプロ5戦目で世界王者となり、その後も順調に白星を重ねて3階級制覇を達成。十分な実績を残す一方で、名古屋のジムというハンディもあり、なかなか全国区の存在にはなれなかった。
そういう意味で知名度の高い井岡との一戦は、田中にとって喉から手が出るほど実現したい試合だった。あの井岡を超えれば注目を浴びることができ、より多くの人に認められる。さらにはその先に描く海外進出も見えてくる。田中はこの試合に文字通り人生をかけていたと言えるだろう。
そんな田中の心意気を知った上で、井岡はあえて「レベルの違い、格の違いを見せる」と発言し続けた。そして試合後、「格の違いを見せつけるとずっと言い続けてきたので、男として口だけで終わるわけにはいかなかった。王者として結果で証明できてよかった」と納得の表情を浮かべることになったのである。
早熟のボクサーだった井岡が円熟味を増した
思えば井岡も6歳下の田中と同じように早熟のボクサーだった。元2階級制覇の井岡弘樹氏を叔父に持ち、当時の国内最速記録となるプロ7戦目で世界王者になったのが21歳のとき。確かなディフェンス技術と緻密なポジショニングでミスが少なく、多くの試合を涼しい顔で勝利した。若くして完成されたボクサー。それが当時の印象だった。3階級制覇を達成したのは15年4月のことだった。
その後、17年暮れに引退を表明して翌年復活。スーパー・フライ級にクラスを上げ、海外に進出した井岡は以前のように危なげない試合が減った。たびたび打撃戦に身を投じ、痛々しく顔を腫らせ、18年暮れのマカオではベテラン実力者のドニー・ニエテス(フィリピン)に敗れて4階級制覇に失敗した。
翌年、4階級制覇を達成したアストン・パリクテ(フィリピン)戦は静かな序盤戦から9回に一気に攻めて10回TKO勝ち。大みそかのジェイビエール・シントロン(プエルトリコ)戦では前半にリードを許しながら盛り返して判定勝ちでベルトを守った。かつてのサラブレッドは厳しい試合で一回りも二回りもたくましくなった。この日、31歳のチャンピオンには「円熟味を増した」との表現がよく似合った。
拮抗した試合になるという予想を快勝で覆した井岡は「次は統一戦がやりたい」と今後の希望を口にした。標的に掲げるWBAスーパー王者のローマン・ゴンサレス(帝拳=ニカラグア)とWBC王者フアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)は3月13日に対戦する予定だ。この勝者との対戦がWBO王者の望みだが、大みそかの出来を見る限り、どちらが相手になっても井岡が勝利する可能性は大いにある。ぜひ実現してほしい。