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「箱根駅伝とは“別の軸”で世界と戦える選手を」“指導者”大迫傑が次の世代に託したいこと
posted2020/12/31 11:08
text by
林田順子Junko Hayashida
photograph by
Shota Matsumoto
会場の熱気が、いかにこの大会が待ち望まれていたかを物語っていた。
2020年12月4日、大阪・ヤンマースタジアム長居で開催された日本陸上競技選手権大会。前日には大阪府が医療非常事態宣言を発令。開催も危ぶまれる中、多くの選手が大会への感謝をSNSにアップ。その思いが現れたのか。いざレースが始まると、7レース中2レースで日本新記録が生まれるという、異例の大会になった。
東京五輪マラソン日本代表の大迫傑も1万mに照準を合わせ、オレゴンから帰国。相澤晃(旭化成)が日本新記録を樹立したレースで、27分36秒93で6位。自己ベスト更新は約7年ぶり、大学生の時以来だという。
「1万mで日本記録を出すというのが、今シーズン最大の目標でした。10月のハーフマラソンに出場した後から、練習もトラック仕様にしてペース設定もあげてきたんですけど、マラソンかトラック、どちらかにちゃんと絞らないと難しいなというのは感じましたね。
でも、それぐらいの意気込みで取り組んできたからこそ、苦しくても最後までちゃんと粘れたし、久々に自己ベストも出せた。いい緊張感もあったし、帰国して良かったなと思っています。それにあのレース、楽しかったです」
僕自身が世界のトップに追いつくのは無理だけど
レースから約2週間後。大迫は今回の帰国でもうひとつのプロジェクトの駒を進めようとしていた。
選手としてではなく、指導者として。
2020年3月、東京マラソン後のNumberDoでのインタビューで大迫はこう語っていた。
「自分があと何回マラソンを走れるかと考えたら、そんなに数は多くはないと思っています。だから僕自身が、世界のトップとの差を全て縮めるのは無理です。でも僕らが経験してきたことを次の世代の選手にきちんと託すことができれば、世界との距離は着実に縮んでいく。そのためのスクールや育成などのシステムづくりをしないといけないと思っています」
そのわずか4カ月後だった。