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「アスリートは何歳で引退するべきか?」37歳プロ格闘家、35歳東大卒プロゲーマーが語った“引き際” 

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おおたとしまさ

おおたとしまさToshimasa Ota

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photograph byWataru Sato

posted2020/11/07 17:04

「アスリートは何歳で引退するべきか?」37歳プロ格闘家、35歳東大卒プロゲーマーが語った“引き際”<Number Web> photograph by Wataru Sato

“異業種格闘対談”にのぞむ東大卒プロゲーマー・ときど(左)とプロ格闘家・青木真也

ときど 幸いなことに肉体の衰えはまだ感じていなくて、反射神経は衰えても、経験でカバーできたり、メンタルでカバーできたりして、総合力としてはむしろいま、自分史上最強を維持できているんですよ。だからまだやめるイメージはしていません。かといって、ちょっとでも弱くなったらやめようなんてことは、思わないだろうと思います。なんとか食らいついて、「俺の生き方見てくれよ」って、生涯やっていきたいですよね。僕がゲームをやってなかったら、言いたいこと言えないですもん。青木さんは?

青木 もう37ですから間違いなくここから落ちていくと思うんですよね。でもカッコいいときにうまくやめるみたいな発想はまったくなくて、自分の物語として、朽ち果てて生き恥をさらすとこまでしっかりやりたいなと思います。そうしないと、これまで自分の物語をつくってきたこととの理屈が合わなくなるんで。僕、「競技」やってるわけじゃないんで、「プロ」の格闘技選手として、ちゃんと見せていきたいなと思います。「競技」を見せてもひとは絶対に魅了されないんですよ。だって、ただただゲームが上手くっても「ああ、スゴいね」で終わりでしょ。格闘技がうまくても「ああ、良かったね」で終わりですよ。そこに感情移入してもらえるかどうかっていうのは……。

ときど 人間のストーリーが背景にあるかどうか。

青木 でしょ!

格闘ゲームも“向こうに”生身の人間がいるから面白い

ときど 将棋でAIが人間に勝ったという話がありましたけど、あれが面白かったのは、AIをつくったプログラマーさんたちにストーリーがあったからですよね。唐突に最強のAIと最強のAIで将棋の勝負をさせても、「ああ、そうなんだ」でおしまいですよ。

青木 アートとか格闘技とかはAIに代用されないとかよく言われるんですけどそんなことはなくて、たぶん代用されるんですよ。ゴッホっぽい絵だって機械ならすぐに書けちゃう。でも人間同士が戦うからそこに感情移入ができる物語が生まれるわけで、その価値はなくならない。

ときど 勝負事ってそういうことですよね。人間同士が勝ち負けを争うストーリーが面白いのであって。格闘ゲームも、ゲームのキャラクターの向こうに生身の人間がいるから面白いんです。

青木 格闘ゲームも「2人」でつくっているってことですよね、すごく面白い。僕はプロレスもやるんですけど、同じ試合をしようと思っても、その日のコンディションだったり、その日の会場の雰囲気だったりによって、完全に同じことは再現できない。ひと同士でつくっていくものは強いですよね。

ときど 今日初めてお話しさせてもらって、まじめに生きている方だなってことが伝わってきました。おこがましい話なんですけど、格闘技という歴史ある世界でトップにいるひとが自分と似た考えをもっているということがわかって、自分もこのまま頑張って行こうって気持ちになりました。

青木 そう言ってもらえるとありがたいです。

(写真=佐藤亘)

(【前回】「オリンピック選手のスキャンダルが燃えやすいのはなぜ?」柔道出身の格闘家・青木真也の答えは… へ)

『麻布という不治の病』(小学館新書)。ときどさんが麻布中・高→東大卒プロゲーマーになるまでのフルインタビューが掲載されています『麻布という不治の病』(小学館新書)。ときどさんが麻布中・高→東大卒プロゲーマーになるまでのフルインタビューが掲載されています

青木真也(あおきしんや)

プロ格闘家。「PRIDE」「DREAM」などで活躍し、「ONE FC」元ライト級世界チャンピオン。37歳。小学生のころから柔道を始め、柔道で中・高・大へと進学。大学進学に際しては、引く手あまたのなか、父親の助言で早稲田大学を選択。しかしゴーイングマイウェイ過ぎて柔道部を追い出され、総合格闘技を始める。いったんは生まれ故郷静岡県の警察官として就職し、警察学校生活を始めるものの「こんな生活絶対無理!」と感じて退職。2006年から格闘技漬けの生活に。

 

ときど

プロゲーマー。「米国Evo 2017 ストリートファイターⅤ部門」優勝など、世界大会における優勝回数は世界トップクラス。35歳。転校した小学校でいじめにあい、格闘ゲームの世界にのめり込む。ゲームを好きなだけやりたい一心で勉強も頑張り、麻布中高、東大へと進学。しかし大学院進学で挫折を経験し、地方公務員就職の最終面接直前に海外から一通のメールを受け取る。プロゲーマー契約の打診だった。父親の後押しもあり、2010年、プロゲーマーの道を選ぶ。

 

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