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【順大医学部合格】「ローリスクを選びがち」という福岡堅樹は、なぜラグビー引退を悩まなかったのか
text by
細江克弥Katsuya Hosoe
photograph byAsami Enomoto
posted2021/02/20 19:50
「医師になる」その夢に続く道の途中でラグビーに出会い、結果を出してきた
「“可能性の高い偶然”と言えるかもしれません」
試合は土曜。月曜の段階で95%まで回復していたものの、チーム練習に参加したのはその週からのことだ。ジェイミー・ジョセフHCからは『スコットランド戦から100%で』と伝えられており、福岡もそのつもりで残り5%の回復に努めた。すると金曜にウィリアム・トゥポウが不調を訴え、急遽メンバー入りが決まった。実は不安があった。木曜の練習で張り切り過ぎてしまった結果、回復の停滞を感じていたのである。
「やっぱり、ドキドキしました。多少の怖さもありました」
それでいて途中出場からわずか9分後にあのトライを決めてしまうのだから、「持っている」と表現するより他ない。
「誰が取ってもおかしくないトライだったからこそ、ああいう形で自分が試合に出られて、あの場所にいて、ああいう状況でボールが回ってきたことは運の要素が強かったと思います。偶然性がかなり高い。でも、アスリートとしてそれを少しでも必然に近づける努力をしてきたから、“可能性の高い偶然”と言えるかもしれませんね」
「偶然では?」と問うと、彼はニヤリと笑った
続いて「自分にとって特別」として挙げたのが、2つのトライを記録したスコットランド戦の1本目である。
スコアは14-7。日本のリードで迎えた39分。左サイドでボールを保持したラファエレティモシーが前方にボールを蹴り出すと、大外から飛び跳ねるようにして福岡が現れ、一気に駆け抜けた。もしもあのバウンドがあらぬ方向に弾んでいたとしても、そのボールにさえ追いつき、捕まえてトライをねじ込んだかもしれない。そう思わせるほど100%の福岡は速かった。
「“自分らしさ”の集大成。そんなトライでした。加速と予測。コミュニケーション。それから準備と経験。それがすべて噛み合って、ティム(ラファエレ)が蹴った瞬間にトップスピードに乗れた。キャッチには自信があったし、練習でずっとやってきたことです。一瞬のプレーですけれど、僕にとってはそれまでやってきたことを1つずつ足して成立しているもの。それを、完全に身体に染み付いているものとしてあの舞台で出せたことが嬉しかった」
あのバウンドについて福岡は、おそらくリップサービスを込めて「必然」を主張してきた。だからあえて「偶然では?」と問うと、彼はまたニヤリと笑った。
「同じシーンが100回あったら、何度かミスすると思います。そういう意味では偶然。でも、極限状態の集中力ならボールのバウンドもある程度は予測できますから、そういう意味では必然かなと。
あのトライもそうですけれど、最後の相手を振り切った瞬間はやっぱり最高にテンションが上がります。最後の難関を越えて、確信した瞬間。それは昔から変わりません。ラグビーの何が楽しいって、やっぱりそこ。相手が身体を張って必死に止めようとしているのに、まったく触らせずに抜き切る。あの爽快感が、一番の喜びなんです」