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那須川天心、皇治戦で見せた“格闘技の本質” 「試合にならなかったというくらいの試合だった」
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byRIZIN FF / Susumu Nagao
posted2020/09/29 17:00
那須川天心は皇治との試合で圧倒的な強さを見せつけ、「格闘技の本質」を示した
勝ち負けが二の次になる試合なんておかしい
皇治は最後まで倒れなかった。驚異的な打たれ強さというほかなかった。だがそこばかりを称賛するのは「違う」と那須川は言う。
「格闘技の本質を思い出してほしいんですよ。試合前から盛り上げるのは大事だけど、それだけじゃダメ。“立ってただけで凄え”みたいな、そういうのは違うと思いますね。“倒すか倒されるか”とかも。それは試合が成立してないんですよ」
倒すか倒されるかの博打など、那須川はしたことがないのだ。試合は勝つためにやるもの。あらゆる努力と創意工夫は勝つためにある。それを見せるのがプロであって“負けてもいいから観客を喜ばせるために打ち合う”という発想はない。それなら打ち合わず、一方的に倒せるようになるまで強くなればいい。実際、彼はそれをやってきた。
試合前のパフォーマンスで「盛り上げた」と評価されても勝てなければ意味がない。那須川vs皇治という試合に関して、勝敗そのものに注目していた格闘技ファンは(皇治の応援団を除いて)どれだけいただろう。騒がれるのはK-1を離脱してきた皇治の“覚悟”であり毒舌パフォーマンスであり「打たれ強い皇治を那須川はKOできるのか」であった。
勝ち負けが最大のポイントにならない試合ってどうなってるんだ、こんなのおかしくないか――那須川はそう感じていたはずだ。だから「その温度差を見せなきゃいけないと思ってました」。
「悔いのない試合はないので」
KOできなかったことに関しては「悔いのない試合はないので」と言う。キックボクシング36戦全勝でそう言うのだ。秒殺KOで勝ったとしても、何かしら反省点は見つかるというスタンス。逆に今回は、判定勝ちでも3分3ラウンドまったく隙を作らず力の差を見せつけたことに納得できた。
何ラウンドやっても絶対に覆せないだけの差を示したというわけである。格闘技に対する意識の高さ、思考の深さ、あるいは見る角度。それらすべてのレベルが違うとしか言いようがない。