プロレス技すら自分のものにしなければ

　試合終盤にはプロレス技であるドロップキックも放った。なかなか前に出てこない皇治に「何か見せなきゃ」と思ったそうだ。試合前、那須川はプロレスリング・ノアの清宮海斗と対談し、ドロップキックの打ち方を習っていた。だが「あのドロップキック、“清宮海斗直伝”ということでいいですか」と聞かれると言葉を濁した。さらに掘り下げて聞くと、ドロップキックは“見せ技”ではなく、できることならKOしたかったらしい。

「もっと練習が必要でしたね。プロレスラーだって相当な練習してるからできるんで」

　プロレス技と言えども技である。それでフィニッシュできるくらい自分のものにしなければ「直伝」とは謳えない。ドロップキックにさえ格闘哲学が滲むのが今の那須川天心なのだ。

　他の選手とは何もかもが違う。すでに孤高の域に入り、そこからさらに突き抜けた状態と言えばいいだろうか。もはや簡単には対戦相手が見つからないほどの状況だが、その点についても嘆きはしない。

「相手どうこうじゃなく自分のパンチ1発、蹴り1発で“ウォー！”ってなるような存在になれたら」

　誰かしら相手と闘いながら、その姿が滑らかなシャドーボクシングのように見える。なおかつそれで観客を魅了する。那須川はいずれそういう試合を見せるようになるのかもしれない。強さを究めた先には芸術がある。いや、芸術よりも那須川天心の格闘技のほうが美しいと言うべきかもしれない。