野ボール横丁BACK NUMBER
あさのあつこが甲子園に思うこと。
「人間教育って、怖いですよね」
text by
中村計Kei Nakamura
photograph bySports Graphic Number
posted2020/08/13 08:05
大人たちはちゃんと責任を果たしたと言えるのか、あさのさんと中村さんの会話は何度もそこへ戻ってきた。
文武両道の文は進学率でしかない。
――今回、夏の甲子園が中止になったとき、「高校野球は教育の一環である」という言葉がまた出てきました。つまり勉強が遅れていて、夏休みに授業を受けなければいけない学校もある中で、部活動がその妨げにはなってはいけない、と。あの言葉、邪魔だと思いませんか?
あさの「教育って、そんなにちっちゃなものじゃないですよ。英単語を覚えるとか、問題集を解くとか。野球が教育だというのなら、グラウンドでしか学べないもののために大会を開催します、と言うこともできる」
――そうなんですよ。要するに、あの言葉は「野球も教育のうちの1つだ」という意味ではなく、高校野球は学業より一段下で、学業の邪魔はしませんよと言っているわけですよね。スポーツにはそもそも教育的な要素も含まれているわけですから、そこまで自ら卑下する必要はないのに、と思ってしまうんです。
あさの「誰も深く考えてないんでしょうね。教育とは何かということについて。21世紀枠の高校を選ぶときも、選考基準の1つに『文武両道』というのがあるんですけど、その『文』は何かと言うと、要は進学率なんです。偏差値がこんなに高いとか、有名大学に何人入っているか、という。なので私が『農業高校の生徒が一生懸命、鶏や豚の世話をしているのも文なんじゃないですか』って言ったんです。でも、ぜんぜん相手にされなかった。文のとらえ方が古いし、かたい」
――確かに、21世紀枠は公立の進学校のための枠になっている雰囲気があります。
あさの「最近はだいぶ、よくなってきましたけどね。農業高校とかも認められるようになってきた」
――高校野球は人間教育の場だという言い方にも抵抗を覚えます。そうなるのは理想かもしれませんが、そうである必要はない。スポーツはスポーツ、野球は野球であるだけで、十分素晴らしいものなわけですから。
あさの「人間教育って、ちょっと怖いですよね。わからないのに、わかったように語ってることもたくさんあると思うんです。何が正しいかの答えを出すのって、選手たちじゃないですか。その答えは何年後かに出るものかもしれないし、一生問い続けるものかもしれない。教育は、場合によっては、その答えを奪う行為でもある。その自覚があるかないかは大切ですよね」
(関連記事より前編の『あさのあつこが語る甲子園への愛憎。書く原動力であり、アンチでもある。』もぜひお読みください)
(【前編】あさのあつこが語る甲子園への愛憎。書く原動力であり、アンチでもある。 を読む)
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